【読書】幸せの条件②
旅行に行くときは、その地に関連する本を持って行く--強いこだわりがあるわけではありませんが、いつしかそれが私の流儀になっています。
昨年夏の長野県旅に持って行ったのが、『幸せの条件』(誉田哲也,中公文庫)でした。誉田哲也さんといえば『ストロベリーナイト』シリーズをはじめとする推理小説(ホラー小説?)のイメージが強く、初めて読んだときに「こんな平和(?)な世界も描くのか!」と驚きました。
この物語は、東京で働く梢恵が社長の一声で長野県まで赴き、右も左も分からない中で農業を体験するというものです。「バイオエタノール用の米を作付けしてくれる農家と契約をする」という使命を全うするために始めた農家の手伝いが、梢恵の内面を大きく変える様がとても素敵です。
この作品の主人公、梢恵ちゃんが私は大好きです。
仕事にも、恋愛にも夢中になれるわけではなく、”丁寧な暮らし”ができているわけでもなく、これといった趣味もない。毎日無理やり生きていて、不満はたくさんあるけれどそれを変えるだけの力や強い気持ちはない。冒頭の朝の描写は、仕事に行きたくない気持ち全開で、とても共感しました。
「朝ご飯は大切だよ。」と小学校の授業で習いますが、働き始めてから、食べずに出社する大人が多いことを知りました。特に一人暮らしで、仕事がそこそこ忙しくて、ギリギリまで寝ていたい人に多いのではないのでしょうか。一人暮らしをしている主人公・梢恵も、もちろん朝ご飯など食べません。セルフネグレクト、と最近は呼ぶのでしたか。こうやって無意識のうちに自分をないがしろにしていくことで、気持ちが暗くなっていくのだろうと思いました。
そんな梢恵が長野県に行き、「あぐもぐ」という農家へ辿り着いてから一番にしたのが、お昼をごちそうになることでした。そして、農家のことを何も知らずに「バイオエタノール用の米の作付け」セールスをしていた梢恵に「あぐもぐ」の社長である茂樹が出した提案が「”あぐもぐ”で住み込みで働くこと」でした。
ここから、朝食を含めたくさんの食事風景が描写されます。
農家の方々の苦労、精米したてのお米のおいしさ、自分を必要としてくれる人たちとの交流…長野県での日々が、梢恵の”人間らしい”心を取り戻してくれます。やはり、おいしい食事は生きる上で大切なことなのだと感じました。”おいしい”という感動を他者と共有できるのも素敵なことです。
私が一番好きなのは、「バイオエタノール用の米」を拒否した偏屈爺・文吉さんとの交流です。ファーストコンタクト時は梢恵の話を聞くことすらしてくれず、心細かった梢恵に大きなダメージを与えた文吉さん。しかしその文吉さん、「あぐもぐ」には知られたくない大きな秘密を抱えています。その秘密に気付いてしまった梢恵が、「私も、お手伝いします。」と伝えるのです。
梢恵のおかげで秘密を解決することができた文吉さんは、梢恵のためにと大きな決断をしてくれるのです。その場面にとても感動しました。
はじめは「行きたくない」「やりたくない」「どうせ私なんて」と後ろ向きな発言ばかりだったうじうじ系女子・梢恵が、「あぐもぐ」での生活を通して明るさと自信を取り戻します。東京に戻るのか、それともここで働き続けるのか -- 梢恵の選択と、きっとこれから訪れるであろう未来に私も嬉しくなりました。
幸せの条件、それは人によって違うと思いますが、「セルフネグレクト」にならないよう自分を大事にすることなのではないかと感じました。おいしい食事、夢中になれること、自信をもって取り組める仕事、信頼できる人との交流…私も大切にしたいです。
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