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子どもの自己中な時期に算数の基礎ができる?

自己中心性というのは、幼児期の発達で誰しも必ず迎えるものです。
この自己中心性からの脱却が子どもの社会面の発達や、思いやり等を育てます。

自己中心的と何が違うのか?

自己中心性は自分と他人との区別がつかないこと。
自己中心的は自己中心性を強調するもので、自己中心的行動や自己中心的思考という使い方をします。

イコールのようでイコールではないのです。

この自己中心性はスイスの心理学者ピアジェが 思考発達段階説を見つけ、その中の二段階目にあたる前操作段階(2〜7歳)は他者の視点に立って理解することができず、自己中心性の特徴を持つというというのを「3つ山課題」で表しました。

引用: http://blog.livedoor.jp/humon007/archives/754236.html

その3つ山課題とはどんなものかと言うと
上図にある、A地点、B地点、C地点、D地点から山はどのように見えるのかを聞きます。

大人なら、「D地点から山をみても、大きな山が1つしか見えないな・・・」等と考えられますが、
幼児期の子どもは、それを考えることができなかったり、全部同じようなことを言ったりします。
これは、相手の気持ちを考えたり、自分の思いと他人の思いが違うということに気付けていないと仮定され、対人面や社会面との関連性が深いとされています。

Wikipediaにはこんな例もありました。

かくれんぼで遊ぶ時、この時期の子供は自分の目をつむって隠れたことにすることがある。これは「自分から自分が見えない」=「他人からも自分が見えない」と考え、まだ客観的な見方が不足していると推察できる。

引用:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/自己中心性

この3つ山課題を知らないと、「なんで人のこと考えないの!」という指導がどうしても増えてしまいます。また、何度も教えてることも分からなくてウチの子の発達が心配…という不安を作ってしまいます。

知識は優しさに変わります。
「うちの子、本当にただのワガママなんです」「ただの自己中なんです」という養育者の声は思考発達段階説の二段階目にいる正常な悩みです。

悩んでいることを認めて、労い、その養育者や関わっている支援者の困り感から生まれる努力が思考発達段階説の次のステップへ導きます。段階3では具体的操作段階といい数や量の保存概念が成立し、可逆的操作(元に戻せば同じ)も行えるようになります。初めてここで数学的な考えを持つのです。

人との関わりの中で数学を学ぶ…?と思うかもしれませんが、直感的な見かけだけの情報に捉われなくなるということです。

小さい時はなぜか同じおもちゃやお菓子を与えても「ちがーう!!こっちー!!!!」と人のものを指差して泣くときがあります。交換して欲しがったものを与えても「ちがーう!!」となって、なんなの…となる経験が誰しもあるはずです。

「可逆的操作」とは、口径の大きなコップと小さなコップがあって、口径の小さなコップに注がれた水が満杯で、それを口径の大きなコップに移し替えると水位が低くなるが、「口径の小さなコップに戻すとまた満杯になるだろう」と言う展望をもてることだそうです。
引用: https://blog.goo.ne.jp/nishihara2480/e/1ca5717a19dba17dc444a96eca89559c

ここまでの発達の見通しを持たせると、養育者は継続して関わりを頑張る方が多いです。そしてその道のりは一定期間と言えども渦中の人にとっては長いので、時には育児相談で愚痴を吐かせて、労い、子どもに向き合えるのであればそれでいいのです。

お掃除係の実習を体験した保育士さん、きちんとした指導・教育を受けられずも頑張る支援者さん…など現場に困り感を持っている方へサポートすることで、子どもたちに還元されるものがあるのではと信じています。よろしくお願いします。