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とじまちひろ
2021年4月10日 18:41
耳の脇で砂を噛んだような音がした。外は雲一つない晴天だった。昨夜半端にしめたカーテン越しに差し込んでくる光が眩しい。目が覚めた途端ベッドの中が暑くて、早々に起き上がる。この部屋には時計がないのでテレビをつけた。日がすでに高かったので予感はあったが、家を出ようと思っていた時間の十分前だった。なんとなく億劫でアラームをつけなかった弊害がばっちり出ていた。六月の下旬を過ぎたが、まだ梅雨入りのニュ
2021年4月7日 20:00
お姉ちゃん、と雛乃は言った。「私、川に行きたい」。なんだかわざとらしいぐらい、フロントガラスを真っ直ぐに見つめていた。「ドブ川でもいいの?」 私は、泥のついたジャガイモを洗ったときのように、底の見えないほど淀んだ川を思い浮かべながら言った。あの川が一番家から近い。ザリガニさえ釣れないのだと聞いた。いつからあるのか、所々に黴の生えたクーラーボックスがずっと川岸に落ちていて、誰も手入れを
2021年4月5日 21:45
夜のプールは昼に見るかたちとまるで違う。粘度が高くて体の形にまつわりつくようなのに、どうしても白々しい。体を冷やす以上のことはけしてできず、沁み込んではいかない。 草野は泳ぐことが嫌いではなかったけれども、得意じゃなかった。二十五メートルを泳ぎきれるかさえ怪しい。はじめ、スクロールの練習でもしようかと思って泳ぎ始めたら、三メートルもいかないうちに夏帆にとめられてしまった。「音も波もたちすぎ
2021年4月4日 21:07
莉穂は力いっぱい目をつぶり、引き換えに大きく口を開けている。懸命に後ろに体を傾けるので、背後に立ったみさきは腿で倒れてくる背中を押し戻している。銀のヘラを舌に押し当てられて、莉穂は小さくえづいた。粒のような歯がヘラに当たってかちっと鳴る。「なんともありませんね」舌圧子を引っ込めると医者は言った。 俯き加減のスイカより一回り小さな頭が不満げに揺れた。莉穂は足をぶらつかせ背もたれのない椅子の脚