【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第四章「白村江は朱に染まる」 中編 23
「秦将軍、前方が交戦中です!」
兵士の声に、田来津は舳を覗き込んだ。
「いよいよか……、だが、上手くいきそうだ」
彼は、南岸が完全に手薄になったのを確認した。
「よし、我々も突入するぞ、前へ!」
田来津は、襟元をぐっと握り締めた ―― 安孫子郎女の残りの領巾である。
御座船は、唐軍の真っ只中を切り裂いて行った………………
………………河口の南側が完全に開いたのを確認した安曇比羅夫は、護衛軍に脱出開始の命を下した。
しかしこの時、昨日と同様に風の影響で出遅れた第二陣が近くまで到着しており、南岸が開いたのを、奇襲により唐軍が退いたと勘違いして、この南岸を塞ぐように進入して来たのである。
このため、護衛軍と第二陣は鉢合わせしてしまう。
そこに、後軍が護衛軍に続いて脱出を開始してしまったので、護衛軍・第二陣・後軍ともに、身動きがとれない状態となってしまった。
偶発的に見えた混乱であったが、これは全て唐軍の作戦であった。
唐軍は、南方から進出して来た倭国の第二陣を湾内に引き込み、第一陣と鉢合わせにし、混乱させようとしていたのである。
倭軍は、その作戦に見事に嵌ったのだった………………
「………………秦将軍、唐軍の右翼が護衛軍を取り囲んでいます!」
「なに?」
田来津は、唐軍の右翼が護衛軍・後軍だけでなく、第二陣まで取り囲むようにして展開しているのを確認した。
「仕舞った!」
彼は、南岸で立ち往生してしる倭船を腹立たしい思いで見つめた。
「なにをやっているのだ、あれは………………」
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