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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第二章「槻の木の下で」 後編 14

 飛鳥の空に黒雲が棚引いたその翌日に、蘇我本家が滅びたという知らせが奴婢たちの間にも駆け巡った。

 仲間の大半が蘇我本家の奴婢となっていたので、彼らは仲間の安否を心配した。

 そして何より、これからの自分たちの処遇を心配した。

 上宮王家が滅んで以来、斑鳩寺は独立して運営されていたが、蘇我本家との繋がりは依然強かった。

 だが、今度はその蘇我本家が滅びたのである。

 当然、斑鳩寺にも何らかの処罰は及ぶであろう。

 その時、自分たちはどうなるのか?

 彼らは、自分たちの人生を呪った。

 人生、一度悪い方に転がると、ずっと転がり続けるものであると。

 数日後、蘇我本家の奴婢たちは、蘇我倉家が引き継ぐこととなった。

 あわせて、斑鳩寺も蘇我倉家の庇護を受けることとなり、弟成たちの生活は、いままでとおり変わらなかった。

 今日も、弟成は、黒万呂たちと一緒に田んぼの草取りに励んでいた。
日は、容赦なく照りつける。

 額から噴出した汗は、顎を伝い落ち、水面に映る弟成の顔を崩していく。

 彼は立ち上がると、右手の拳で腰を叩き、左手で額の汗を拭った。

 畦道を、馬に乗った男を先頭に、数人の兵士が駆けて行くのが見えた。

「おおい、皆、一休みしようや」

 奴婢たちは木陰に入り、銘々の粟飯を取り出して、口に頬張った。

 子供たちも集まり、噂話に一花咲かせた。

「知とるか、飛鳥の田んぼ中に、林大臣の首が転げ落ちとったらしいぞ」

「ほんまかい、それ?」

「おお、蘇我の奴婢が見つけて、丁重に葬ったらしいがな」

「怖いのぉ~、この田んぼにも落ちとるかものぉ」

 子供たちは、そんなことを言い合っては、笑っていた。

 その談笑を妨げたのは、息を切らして駆けて来た稲女であった。

「大変、八重女が連れて行かれる!」

 弟成は、先ほどの馬に乗った男のことを思い出し、すぐに奴婢長屋に向かって駆け出した。

 黒万呂たちも彼に続いた。

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