私の芸術運動171あの頃の自分に驚く

新しい感覚、新しい考え方、そういうものが最近欲しいなと思い始めまして、そのためには新しい選択と新しい事を始めるのが良いだろうとまぇ絵から考えていた事を行動に移してみようという気になりました。

今までの自分の育んできた感覚もとても気に入っていますけど、ここから先はまた違った事ももっと体験しなきゃならない気がしたのです。

私は昔から漠然と自由に生きていきたいと考えていました、だけどどちらかといえば不自由を自分は作り出しているのかも?と考え始めたのはいつの頃だったかは定かではありませんが、案外やって仕舞えばそれは不自由ではなかったという様な事が多いのが人生です。

学生の頃は何かと自由になりたいと考えるでしょう、だけど今となってはあの頃よりも今の方が遥かに自由になっているではありませんか、例えばそれは一人暮らしから始まり、自分で稼いで、旅行に行って、やりたい事をやる、お金がなければできない事も多くありますけども、自分で稼いだお金なら好きに使えます、それを不自由とは思いません、子供の頃はお小遣いや、多少のバイト代の中でのやりくりでしたが、家賃や食費や光熱費、携帯代や生活に必要なものに対しては親に任せていましたから、むしろそれの方が不自由な事だったと言えますし、逆に言えば自由だったとも取れます、ここに矛盾が生じます。

これは本当に不思議なもので、この矛盾は楽をできる事が自由なのか?そうでは無いのか?の違いです。

私は自分の力不足による苦しみは自由と感じます、そのために頑張って乗り越えようとする意志が自由だからです。

例えば私が実家に住んでいて稼ぎが無く、毎日寝て飯食べて寝る生活を送っていたなら、お金がかからなかったとしても自由とは呼べないです、これはあくまでも私の感覚です。だったなら、自分で生きてお金の無さにヤキモキしながらも自分の人生を自分で生きた方が自由を感じれます。

私もずいぶんすき勝手にやってきましたけど実はまだ33歳です、大人ですけどまだまだけつの青いガキで、これからもっともっとたくさんのことを体験することとなるでしょうし、体験したいと思ってます、その中で新しい価値観を獲得したいと思っています。

あの頃の自分にはできなかった事が今の自分にはできる様になっている!!??という事があるはずです、それを恥と思わず、焦らず、しっかり味わいながら咀嚼して、未来の自分のために生きてゆきたいものです。

私は生きていて本当にダメダメな生活を送っていた時の過去の自分にこそ感謝する事が多いです、よくあの時あの状態であの頃の自分はそれを選んだな!!ありがとう!!と思うのです。

逆に調子の良かったあの頃の自分には恥ずかしいものがあり反省します。笑

未来の自分が感謝したくなる様な今を送るべきです、それはいい事とか悪い事で片付けられない事なんでしょう、結果的に何が良いものかは後でわかる様になっているんです。

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