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スマホ脳とデジタル・ディシプリン

昨年日本でも話題になった世界的ベストセラー『一流の頭脳』の著者の最新作『Skärmhjärnan(仮訳・スマホ脳)』がスウェーデンで発売されたので早速読んでみた。スマホと脳との間で何がおこっているのか? 私達大人への、さらには子供の将来への影響は? 対応策は?

スマホ中毒を心配したり不眠や不安、抑うつなどの心身の不調の原因を疑う人はもちろん、集中力を高めたりより能力を発揮したい人にも必読の書。

日本ではまだ出版されていませんが、中身を少しご紹介します!

若者の睡眠障害が500%増えた

『一流の頭脳』の著者アンデシュ・ハンセンの最新作『Skärmhjärnen (直訳は「スクリーン脳」)』は、この先どうスマートフォンなどのデジタル・デバイスとつきあっていけばいいのかを考えさせてくれる本だ。

世界13カ国で出版された『一流の頭脳』著者としてまたTEDをはじめとする人気の講演者としても活躍するハンセンは、現在も診療の現場で精神科医として働いている。

スマホは私たちの生活に入り込んできてから日が浅く(たかだか10年ほど)確固とした関連性を指摘する研究結果はまだ多くはない段階ではあるものの、ハンセンは睡眠障害、不安、ストレスに悩まされる人(特に若者)が増え続けるのはスマホ使用が原因ではないかと考えざるをえない状況を医療現場で目の当たりにする。

今、成人は一日平均3時間、若者は一日に4、5時間もスマホの小さなスクリーンを見つめて過ごしている(自分のスクリーンタイムをアプリで確認してみてほしい)。起きている間中は10分に一度はスマホをチェックし、一日に2600回ほどスクリーンにタッチする計算だ。同時に睡眠障害で診察に訪れる若者はスウェーデンではここ数年で500%増加した。

スマホが与える影響についての研究は2013年から2014年ぐらいにかけて始まった日の浅いもので、かつ私達がスマホで費やす時間も年々加速して増え続けているためスマホやタブレット端末の使用が今後私たち大人や子供にどういう影響を与えていくのか、現時点では「関連性があるとみられる」という結論で終わっている段階の研究も多い。

ただ、ただ現時点でも明らかになっていることはたくさんあり、それだけでもスマホ使用に関して特別の注意を払うのに十分だ。

まず「スマホは集中力と睡眠を阻害する」というのもその一つ。これには、まず我々はどうしてデジタルデバイスから離れられないのか? その脳の仕組みを理解する必要がある。

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スマホをチェックせずにはいられない脳のしくみ

私達がスマホそしてSNSのチェックをやめられないのは、我々の祖先が食料の確保と危険の回避という2つの大きな問題に対応するために長い時間をかけて適合してきた脳のメカニズムによるところが大きい。

報酬系とよばれる神経伝達物質ドーパミンのことを快感物質として知っている人も多いと思うが、実はドーパミンの一番大切な仕事は「注意を何にむけるか」の決定を促すことにある。

ドーパミンは例えば食べ物を実際に食べているときではなく、食べ物が視界に入った瞬間に一番多く分泌される。要は目的の達成・不達成が不確実な時に最も多く分泌され、目的に集中してパフォーマンスを出すように促すのがドーパミンの役割だ。

これは例えば木の上に果物が実っているかどうかわからない時にもとりあえず(あるかないかを確認するために)木に登ることを促すためにできたメカニズムではないかといわれている。確実ではなくても骨折りを惜しまないで食べ物や他の有益な情報を探しに行くこと自体に報酬がなければ、生き残る確率も低くなるからだ。

スマホやSNSに埋め込まれているのはこの不確実なできごと(フェイスブックにいくつ”いいね”がついているか? や好きな人からのメッセージが届いているかどうか? など)を求めて、新着情報を常にチェックせずにはいられないという脳の仕組みをうまくハッキングした技術である。

私たちの関心と時間が巨額の冨をうむ

そしてこの仕組みがスマホとSNSアプリが人気となっていく中で、偶然発生してきたものだと考える人はお人好しすぎる。

この本ではフェイスブックの幹部などの発言を集め、SNSがどのように脳のドーパミン・トリガーを活用することで私たちをアプリなしでは暮らせなくなるようにしてきたか? の恐ろしい話もまとめられている。

スマホやアプリは洗練された方法で私たちの注意をひき多くの時間を費やさせることを狙って設計されている。それは私達の興味や関心、費やした時間が巨額の金となってデバイスやサービスの提供者に流れ込むからだ。新着情報が与えてくれるドーパミンにハックされる我々の脳を操って、デバイスを売り、広告を売り、さらには私達のスマホ上での行動の情報そのものが巨額の富へと換金されている。

利益が絡む以上、SNSや他のアプリはますます洗練された方法で私たちに時間を使わせようと攻めてくることは明らかだ。私達ユーザーが自分から行動を変えない限り、脳はスマホが与えてくれる「新しい情報」を求めることを止めない。

使っても使わなくても集中力をそぐスマホ

常に新しい情報を求め続けることにより私達はひとつのことに集中できなくなる。そして、その原因をつくるスマホは使用中だけではなく、そこにあるだけでも集中力を妨げることもわかっている。

スマホの画面を見ていない時でも、脳はドーパミンの報酬をえるため無意識下でスマホをチェックしたい状態になっている。そうすると脳の中ではチェックしないと決めた意思との間でずっと戦いが起こっている状態になってしまう。常にスマホをチェックしたいという衝動を抑えるために、脳は働き続けておりそれにより疲労してしまうのだ。

アメリカの大学生を対象として集中力を試すテストを、スマホを教室の外においてテストに臨んだ組とポケットの中にスマホをいれた状態でテストに臨んだ組に分けて行ったところ、前者の方がよい結果をだした。スマホを持ち込んだ組もテスト中はスマホをポケットから一度も出さなかったにも関わらずである。

不眠の敵はブルーライトだけではない

睡眠の問題に関しても集中力と同様のことが起こっている。

デジタルデバイスが出すブルーライトの影響については近年さかんに報道されているので、寝る前はあまりスマホをみないようにしている人も多いだろう。でも問題はそれだけではない。スマホはおそらく上記の集中力テストと同じ仕組みで、枕元においておくだけでも私たちの脳を乱しそれが不眠へとつながるのではないかというのがハンセン医師の見解だ。

彼は不眠に悩む人には、スマホを寝室に持ちこむことをやめかわりに昔ながらの目覚まし時計を買うことをすすめている。現在スウェーデンでベストセラーとなっているこの本やハンセンの出演したTV番組の影響で、スマホの登場と共に一度は処分した目覚まし時計を新しく買い求める人がスウェーデンでは増えている。

子供とスマホと脳の未来

さらにこの本では、おそらく今世界中の多くの親の悩みの素、子供のデジタルデバイスの使用をどう考えればいいかについても詳しく書かれている。

最近のスウェーデンの調査によると1歳にならない赤ちゃんの四分の一がインターネットを使用。2歳児では半分以上が毎日ネットにつながっている。これは2017年時の状況なので今はもっと増えているだろう。

授業でも積極的にタブレットを導入しているスウェーデンだが、学校はデジタル・デバイスの影響を考えながら注意深くタブレットを導入したがいいというのがハンセンの意見だ。ただし、スマホの教室への持ち込みは集中力ひいては記憶力や学習能力を低下させることは既に明らかなので即刻やめるべきであると警告している。

グーグルやウィキペディアがあるから記憶することは将来重要ではなくなっていくという意見の人もでてきたが、一日中スマホと一緒に過ごすことで集中力が低下し、またSNSで他の子供と比較されることからも逃れられず気分がすぐれない子供や若者が増えている。この子達の未来はどうなっていくのだろう?

デジタルデバイスの世紀を生き抜くアドバイス

巻末にはデジタルデバイスの世紀を生きていくために、すぐに実践できるアドバイスがまとめられている。先程書いた「目覚まし時計を買いましょう」というものその一つだが、ハンセンの前著『一流の頭脳』で詳しく解説されていた運動がもたらす脳へのよい効果は、スマホと脳の関係を主体として書かれたこの新著の中でも重要なものとなっている。

私は、SNSはスマホではなくパソコンでチェックすることや、スマホの画面を白黒にすること(魅力にかけ、ドーパミンの分泌が減ってスクロールして続きを読む気がなくなる)を取り入れてみた。スマホでダラダラすることがなくなり、やらなければと思っていることにより多くの時間が使えている。また集中力も高まり気分よく暮らせていると思う。

飢餓や危険から逃れるために多くの時間を費やしていた原始時代とは異なり、今では食べ物も情報も瞬時に手に入るようになったが、その利便性や手軽さゆえに健康や気分が優れなくなり、パフォーマンスを出せず人生に成功しないという状況になってしまえば元も子もない。

脳の仕組みを理解してそれに沿ったデジタルライフに関するディシプリンを自分で決めることで、集中力とパフォーマンスを高め気分よく健康的に暮らすための契機をこの本は与えてくれる。早く日本でも出版されますように!

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デジタル・ディシプリンに関心を持ってくれた人は、『ディープ・ワーク 大事なことに集中する』のカル・ニューポートの新刊『Digital Minimalism(デジタル・ミニマリズム)』の書評もよろしければこちらからどうぞ!


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