夏のある日 生まれた意味
死にたい願望はない。けれど、生きたい欲求もない。別に生まれて来なくても良かったのにとずっと思っていた。生まれて来たから仕方なく生きるだけ。そういう日常を繰り返していた。
雨が降る夜、夢を見た。ロングスリーパーの私は平気で10時間くらい眠れる。
私は8歳くらいの子どもに戻っていた。知らない女の子と一緒に遊んでいた。野原で草花を摘んだり、女の子がくれた飴を一緒に舐めたりしながら、無邪気に遊んでいた。「今度一緒に花火を見ようね。」「うん、約束だよ。」私は彼女と指切りげんまんをした。
そして場面は急変。よく晴れた夏のある日、トウモロコシ畑が両袖に広がる小道を二人で歩っていた時、誰かが「艦載機が来たぞ!」と大声を上げた。「きよちゃん、危ない!」私は彼女と一緒にトウモロコシ畑に転がり込んだ。
恐怖心ではっと目が覚めた。飴を食べた後のように口の中が甘ったるい気がした。鼻の奥に野花の香りが残っている気もした。怖かったはずなのに、妙に懐かしい幸福感に包まれて、私は泣いていた。
こういうことは時々ある。よく寝る人間だから、よくこういう夢を見る。カーテンを開けて窓の外を覗くと、さっきまで降り続いていた雨が止んで、空には大きな虹が架かっていた。
そして私は思い出した。8歳を迎えた誕生日の夏の日、雷鳴と共に大雨が降り出した午後、私は祖母の家にいたはずなのに、急にいなくなったことがあると聞かされたことを。家の中にはおらず、祖母は慌てて、雨の中、外を方々探し回ったらしい。やっと雨が上がった夕暮れ時、うっすら虹が現れた頃、長靴を履いて、合羽を着た私が庭でひとり水溜りの上を飛び跳ねていたという。祖母は怒ったらしいけれど、私はニコニコ笑っていたらしい。
あの日、私は知らない女の子に誘われて、知らない場所で遊んでいた。野原で花の冠を作ったし、女の子が持ってきた飴を舐めた。花火を一緒に見ようと言われた。艦載機が私たちの頭上に迫っていた。そして気付くと私はひとり祖母の庭で水溜りを蹴っていた。
貧しかった幼少期、家で作った飴や摘んだ花を街に売りに行ったことを私は祖母から何度も聞かされていた。「ある日、艦載機がやって来て、きよちゃん危ないって一緒に遊んでいた女の子に助けられたことがあってね。」「仙台空襲の日、遠く離れたこの田舎からも仙台方面の空が赤く染まったのを見たんだよ。まるで花火みたいだったよ。」「花火を一緒に見ようって約束したあの女の子の名前は何って言ったかね…そうそうあんたと同じひろちゃんって名前だったよ。」
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