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短編小説

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記事一覧

誰かの夢を見た話 #シロクマ文芸部

誰かの夢を見た話 #シロクマ文芸部

春の夢と間違えて誰の夢を見ているのだろうか。

朝からカツ丼を食べさせられた。
カツ丼は好きだけど朝からは胸焼けする。
勘弁して欲しい。

スマホを観ながらゴロゴロする。
たまに動画で大笑い。
そんなに面白い?
でも今は大笑い。

動きやすい服装に着替える。
ああ、サッカーをしに行くのか。マジか。
もう少し寝ていたいのだけど。
行くのね?はい。

友達がいると思ってサッカーをしに行ったのに誰もいな

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花吹雪にとらわれた男 #シロクマ文芸部

花吹雪にとらわれた男 #シロクマ文芸部

花吹雪の映像をずっと観ている。
桜が舞い散る様子は観ていて飽きることがない。
観るようになったきっかけを誰かに話すつもりはないし、その必要もないだろう。生きている限り、この映像を観続ける。ただそれだけだ。



「いい加減、吐いたらどうなんだ!」

取調室に若い刑事の怒号が響く。

「おお、怖い。でもカッコいいね。そういうセリフ、俺も言ってみたいよ。ところで今日の昼メシは何?昨日のカツ丼うまかっ

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風車探偵 #シロクマ文芸部

風車探偵 #シロクマ文芸部

風車を手に持ち、息を吹きかけてクルクルと回しながら、その探偵は現れた。

「皆さん、お待たせしました。犯人が分かりましたよ」

陸の孤島の古い屋敷に集められた男女五人。
彼らはみな、屋敷の当主から招待状をもらったと言ってやってきたが、奇妙なことに屋敷の当主は招待状など送っていないと言う。
五人の中には「当主が嘘をついているのではないか」と疑っている者もいたが、「せっかく来られたのだから今日はお泊ま

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いつか変われたら #シロクマ文芸部

いつか変われたら #シロクマ文芸部

変わる時を待っている。
ずいぶん長い間。
誰にも言ったことはない。
親にも。
愛した人にさえも。

教えてくれたのは祖母だった。
最初は信じていなかった。
荒唐無稽過ぎたので。

毎日、豆を食え。
体質が変わるまで食え。
豆腐とか納豆は駄目だ。
素の豆を食え。
しばらく続けていると、豆しか食べたくなくなる。
そこまで続けたら後は欲望のままに食え。
できるか?

全くできる気がしなかったが、「できる

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次の始まりを待つ #シロクマ文芸部

次の始まりを待つ #シロクマ文芸部

始まりはいつだったんだろう。
気がついたらここにいた。

優しい人が二人いて、いつも私に微笑んでくれた。
二人の笑顔が大好きだった。
二人の笑顔が見たい私は、嫌なことでも頑張った。頑張って大人になった。

大人になった私を「好きだ」と言ってくれる人が現れた。
全く信用できなかった。
結構いたから、そういう人。
でも、言葉だけでなく、ずっと思いを伝えてくれる人がひとりだけいた。その人を信じることにし

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朧月夜の告白 #シロクマ文芸部

朧月夜の告白 #シロクマ文芸部

朧月だったな、そう言えば。



まさみさんとはアルバイト先で出会った。

そこそこ人気のあるレストランで、まさみさんはウェイトレス、僕は皿洗いをしていた。

まさみさんは明るくて誰とでも屈託なく話すのでお客さんの受けも良く、人気があったのだが、人見知りで黙々と皿を洗う僕にも声をかけてくれた。それだけじゃない。いろいろと気にかけてくれて、何度も助けてくれた。

僕は不思議で仕方がなかった。だって

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母の卒業、私の卒業 #シロクマ文芸部

母の卒業、私の卒業 #シロクマ文芸部

卒業の気配は感じていた。
けれど、何もできなかった。

ウチはこの町でそこそこ人気のある食堂を営んでいる。まあまあ有名な中華料理店で十年働いた父が独立して始めたそうだ。

母は料理の勘みたいなものが優れていて、父の技を見よう見まねで盗んでしまったらしい。母曰く、「チャーハン以外はあの人より美味しく作れる」そうだ。

父は私が高校生の頃に他界してしまい、私は自然と店を手伝うようになった。母は人にモノ

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閏年の祖母との会話 #シロクマ文芸部

閏年の祖母との会話 #シロクマ文芸部

閏年が好きだ。
大好きだった祖母と話ができるから。

父と毎日仏壇に手を合わせるのだが、命日の二月二十九日だけ、祖母と会話ができるのだ。そんな気がするだけかもしれないが。

初めて声が聞こえた時はびっくりして父を見たが、どうやら父には聞こえてないようだ。なんだか申し訳ない気がした。息子である父には聞こえず、孫の私だけ聞こえるなんて。

「夏美、立派になったわね」

(え、おばあちゃん?おばあちゃん

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忠実な執事と梅の花 #シロクマ文芸部

忠実な執事と梅の花 #シロクマ文芸部

梅の花が咲いていた。
昨日までは咲いていなかった気がする。
例年よりも早い開花だ。

私は迷っていた。

山奥にあるこの屋敷の執事として住み込みで働くようになって二十年。
旦那様は人格者で尊敬に値する御人だ。私は旦那様のためならば、どんなことでも厭わずに実行できる。

前の奥様が亡くなった後、旦那様は二回りも歳下の若く美しい女性と再婚されたのだが、この新しい奥様が問題で、勝手に若い男を雇って身の回

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チョコレートをたくさん食べると死ぬ女 #シロクマ文芸部

チョコレートをたくさん食べると死ぬ女 #シロクマ文芸部

チョコレートを一枚全部食べるのが、子どもの頃の夢だった。

母はなぜかチョコレートに関しては厳格で、板チョコを溝に沿って綺麗にカットしたものを一個しかくれなかった。一日一個だけ。

一個しかもらえないチョコをいつもゆっくり大事に食べていた。その一個が甘美で、本当においしかった。

「カンナ、あんたはね、チョコは一日一個しか食べたら駄目なのよ。たくさん食べたら死ぬからね」

母は私が「もう一個食べた

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青写真を売る老婆 #シロクマ文芸部

青写真を売る老婆 #シロクマ文芸部

青写真を売っている店があると聞いて、電車を二回乗り換えて、バスに乗ってやってきた。

店に入ると聞いていた通り、老婆がひとりいるだけだった。

「何しにきたんだい?」

「青写真を買いに」

「ふん」

ここまでは誰でも進める。次からは回答を間違うと買えない。

「どうして青写真なんか欲しいんだい?」

「身を委ねたいから」

「ん?」

「もう何もかもうまくいかないから、何かに身を委ねたいのです

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飴玉よりも固い絆 #シロクマ文芸部

飴玉よりも固い絆 #シロクマ文芸部

布団から何か固いものが出てきた。布団を上げようとしていた加奈子は、それを思いっきり踏んづけてしまった。

「いったーい!」

足裏が痛過ぎて、加奈子は尻餅をついた。
固いものの正体は飴玉だった。
個装されていたので飴玉が割れて散らばったりはしなかったが、加奈子はそのことを不幸中の幸いとまでは思えず、イライラを爆発させた。

「祐一郎!ちょっと来なさい!」
加奈子はほとんど犯人と決めつけたような態度

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ワガママを雪化粧 #シロクマ文芸部

ワガママを雪化粧 #シロクマ文芸部

「雪化粧すればいいのよ」

妻は至極当たり前のことのように言った。

「隠したいけど目立たせたいのよね?」

「うーん、ま、そうなんだけど。そんな都合良く雪降るかなぁ」

夫は妻の言うことに懐疑的だった。

「それが明日は大雪らしいのよ。あなたが私の考えている通りに動いてくれたら、きっとうまくいくわ」

「なんか嫌な言い方だけど……本当にやるのか?」

「ええ、やらない選択肢はないわ」

その日の

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本を書く幸せ #シロクマ文芸部

本を書く幸せ #シロクマ文芸部

「本を書くのって結構大変なんですね」
編集者の男がおどけて言った。

「おいおい、今さら何を言っているんだ」
元作家の男が笑う。

「いやあ、先生は毎年四、五作ポンポン書かれていた印象があって。いま自分が書く立場になってみると改めて大変だなぁと。私が書くのはエッセイですけどね」

「君にはポンポン書いているように見えていたかもしれないけど、ポンポンは書いてないんだ、ポンポンは」

「そりゃそうでし

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