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その列車は流氷とともに消えていった

釧路発のSL冬の湿原号を降りた私は標茶駅で普通列車に乗り換え、網走に向かって釧網本線を北上していました。

オホーツク海

右手に広がるのは夕暮れ時のオホーツク海
あともう少し時期が早ければ、冬の風物詩である流氷の漂着を見られたかもしれませんが、3月のこの日は皆無。

残念に思いつつも、網走を目指します。


……ん?


あれはいったい?

ねずみ色の海面に、何やら見慣れない青白い塊が。

……あ!

流氷だ!

群れからはぐれたように、海面にたった一つだけ流氷が残っていたのです。

夢中でシャッターを切るうちに流氷は視界の端へと流れていきました。
後は「そんなものは幻だった」といわんばかりに混じりけ一つなくオホーツクの海が広がるだけ。

列車はそんな驚きが冷めやらない私の手を引っ張るように、淡々と網走駅へと入線していきました。

網走駅
網走駅

この日は網走で1泊。
明日は特急オホーツクに乗って北海道を一気に横断します

特急オホーツク
到着したホームの向かいで発車待ち中

ホテルにチェックインした後は、街に出て全国旅行支援のクーポンの力を借りて豪快ないくら丼を食べ、ゆっくりと休みました。

吉田三八商店さんの「贅沢の極み・オホーツクいくら丼」


網走に至るまでの旅の経緯はこちら⇩
※話のつながりはないので、今回の記事単独でも楽しんでいただけます。


◆翌朝5時、網走駅


早朝の網走駅

ホテルをチェックアウトし、再び網走駅にやってきました。

今から乗る特急オホーツク2号札幌行き。札幌までは約5時間の長旅です。

ホームで待っていると、息を整えるかのような静かなディーゼル音を吐きながら特急オホーツクが入線してきました。

特急オホーツク到着。
表示切替前の「大雪」のヘッドマーク

静かな雪国の早朝に、ガリガリガリと響くアイドリング音。

使用される車両はキハ183系
老朽化のため、1週間後のダイヤ改正で引退を迎える車両です。

過去に鹿児島の枕崎線や千葉の小湊・いすみ鉄道などで気動車に乗るうちに、だんだんとキハに乗るのが好きになっていった私。

今回、このキハ183系に乗ることが、北海道旅の目的の一つでした。

ヘッドマーク表示切替中
表示切替を終え、「特急オホーツク」に
年季が入った車体
グリーン席は眺めのいいハイデッカー車
先頭車両は、昭和61年デビュー当時の復刻色
先頭車両

午前5時56分

特急オホーツクが網走駅を出発しました。
寒々しい窓外の景色とは裏腹に、車内は恐ろしいほどにガンガンに暖房が効いていて、防寒着を脱ぎ、上着を脱ぎ、気づけば2枚着に

冬の北海道の家の中は、半袖で過ごせるくらい暑い」と昔聞いたことがあって、ずっと都市伝説くらいに思っていましたが、今回の北海道旅を通じてほぼほぼ真実だなと考えをあらためました。

何事も実際に体験してみるもんですね。

網走湖
凍てつく窓外を眺めながら、暖かい車内で飲むホット缶コーヒー
予約していた席
一番前から3列目で、景色は抜群でした。
遠軽駅停車中

列車は途中、遠軽駅で方向転換
日が昇り、雲が薄くなって白銀が輝きはじめた北の大地を、再び札幌に向けて疾走しはじめます。

ここで車内をさくっと散策。

ハイデッカー車のグリーン席


途中、カーテンがかけられた場所がありました。

多分元々は売店として使われていたスペースで、もちろん今はとっくに廃れていて、当時の賑わいを想像することしかできません。

売店跡と思しき場所

興奮したのは壁に並ぶ収納式のイス。
今は消え去ったブルートレインの車両にしかなかったものだとずっと思っていたので、その物珍しさについつい何度も腰かけてしまいました。

再び席に戻り、セイコーマートで買っておいた弁当を開けます。

弁当は、何の変哲もない幕の内。

でもその素朴さのせいでしょうか。

観光というよりも、

「上野から夜行列車と青函連絡船を乗り継いで特急に乗り、帰路に着く」

そんな何気ない昭和の一幕に入りこんだような心地になりました。

旅のお供はサクラビールと
釧路の地酒「福司」


周囲の会話は少なく、くぐもった走行音だけが暖房の効いたぬっとりとした空間に響きます。

果てのない山の連なり。
本州では見かけない木々の群。
その下に何が埋もれているかわからない雪原と、
そこに亀裂が入ったように流れる大きな川。

カメラに収まりきらない非日常の景色が連続する中、外の寒さを忘れさせてくれるのは暑い暖房と厚い車体。

その重厚さは、日常生活の喧騒や乱雑さからも隔ててくれているようで。

帰りたくないなぁ

そう思わずにはいられませんでした。

野生動物が横切るのか、列車は時折ピューイ、ピューイと鳥の鳴き声のような警笛を吹きながら徐行することがあって、そんな私の気持ちに応えるかのように、旅路は何とものんびりしたものになりました。

だけどのんびりしていても、やがて終わりはやってきます。

特急オホーツクは10分ほどの遅れで10時過ぎに深川駅に到着。

深川駅に到着したオホーツク

ここで留萌本線に乗り換えるので降車。
特急オホーツクは私の眼前を力強く流れ去っていきました。


◆留萌本線


その後、同じく3月で廃線(一部区間)となる留萌本線を辿り、終点留萌駅へと旅しました。

深川駅の発車時刻案内に「留萌」の文字
留萌本線からの車窓
終点留萌駅

留萌本線は、途中お別れムードがあった以外は、何でもない地方の一路線という印象。

でもそうして当たり前にあったものも、少しずつ時代の熱気に融けていって、気づけばオホーツク海で見たあのたった一つの流氷のような存在になっている。

その頃にはもう、乗るのが難しいくらい、儚く小さなカケラで。

多分世の中のあらゆるものはそうなんだろうな。


しんみりとした気持ちで北海道を離れた数日後。
春の兆しが見え始めた頃に、キハ183系は雪融けのように消えていきました。

その姿は流氷とともに去り、私の記憶に幻として残るのみです。


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ここまで読んでいただきありがとうございました。
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