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『お母さんは戦争が好きだね』と言わる母の真実

戦争が起こると息子さんから
『お母さんは戦争が好きだね』と言われる

去年のロシア侵攻しかり
今のガザ地区しかり

戦争が起こるとその関連のyoutubeを見まくる
基本的に文字を読むのが苦手なので
(もちろん、関連書物を買ったりもする
 本が読めないけど本を買う人なので…)

そして
息子さんがyoutubeを見ようとする時には
彼のお気に入りのレコメンドは消え失せ
歴史解説や紛争関連の解説、ニュースなど
動画のレコメンドで埋め尽くされている

普段見ないようなテレビのニュースも見る
放置されているタブにも
紛争関連で調べたページがずらりと並ぶ

8歳の息子さんの目には
『お母さんは戦争が好き』と映っても
しょうがないだろうと自分でも思う

しかし、事実は真逆だ
戦争という行為が愚かで嫌いだからこそ
何故そのような行為に走ってしまったのか
その原因や真実を知りたいからだ

もう一つ理由がある

それが偏向報道だ
日本では言論の自由が尊重されているし
普段はそのようなことは感じないが
こと戦争になると
『日本は、西よりアメリカよりの報道』
なんだなと痛感させられる

私達がニュースに触れる頃には
既に〝悪者〟が決まっているのだ

表向きには〝悪者〟とは言っていないが
〝批難すべき対象〟と〝同情すべき対象〟
既に用意されているように思う

私は比較的博愛主義な家系に育った
私自身も自分を博愛主義者だと思っているし
自分に危害をおよぼさない対象には
人畜無害な人間
だと思っている

当然、皮膚の色や瞳の色、髪の色などで
個人を判断したくないと思っている

つまり
人種と個人の善悪は別だと思っている

しかし、戦争になると
〝国〟というマスで善悪を白黒を
つけたがる傾向にある
私は、そのような風潮に呑まれたくない

なんて、偉そうなことを言っているが
これも個人的な?発達障害的な?
特性が故な気もする

『え?それって違くない?』という
自分の中で違和感が芽生えると
納得しない限りその問題から離れられない
という特性
があるが故な気もする

この違和感、『違うんじゃない?』は
非常に強力なこだわりの一種で
できることならその場で直ぐ解決したいのだ

戦争で真っ先に犠牲になるのは
〝真実〟である

『ママは戦争が好きなの?』

『違うよ。真実が知りたいだけだよ』

曇りなく真実を見極める目
私はいつもそれを欲している