知恵の輪【掌編】
女医さんが開業した産婦人科に通い始めて10ヶ月になる。ビルの3Fにあって、奥にキッズスペースのあるその産婦人科。待合室に、知恵の輪が置いてある。今月もその知恵の輪は解けなかった。
「あんたは何で今日も知恵の輪は勢いだけで解いてきましたみたいな顔してるのよ」
「ごめんねーごめんねー。落ち込んでてても仕方ないじゃない。スーパーで寿司買って帰るか、宅配のピザ頼むか? どうしようかっ」
駅1駅分の距離を、歩いて帰る。彼は私の手をしっかりと握る。大きな手から彼の暖かさが伝わってくる。どんな知恵の輪も、ぬくもりで解けたらいいのにと思う。
「買い物もピザも今日はいいや。野菜はあるから、お鍋にして食べよ。あったかいもの食べよ」
私の指一本一本にしっかりと絡まる彼の指。私の方からは手を離せそうにない。彼の脈拍が手を伝ってくるよう。
「ここに公文式の教室あるじゃん。私、子どもを公文式に送り迎えしたいんだよ、両親がそうしてくれたように。だから、もうちょっと頑張ろう」
「いざとなったら、川べりで桃を拾ってくるから、大丈夫だから。どんぶらこー、どんぶらこー」
「何それ、それって男の子が入ってるんじゃない。私、女の子がいいんだけど!」
「それなら、竹林に行って、竹切ってくるから、大丈夫だから」
「その女の子は月に帰っちゃうじゃないのよ! ん、もうー、あんたったら」
繋いだ手を、私のありったけの力で、握り返した。
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