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叱られる

 やはり、知ったかぶりはするものではない。
 こちらはテキトーに口にしたつもりでも、相手がその内容を確固たる知識として吸収する可能性がある。そしてそういう知識は、また別の人に話されることによって広まっていく。出発点にはあった「テキトー」という要素を抜きにして。

 先日、かつて家庭教師で担当していた学生さんと会う機会があったのだが、会って早々「これ見て、先生」と叱られてしまう。
 叱られの原因は、それこそ「知ったかぶり」である。
 見せられたのは、加賀野井秀一の『感情的な日本語』。読んではいないが、見かけたことのある本ではあったので、「この本、気になってたんだよー」と呑気に反応したら、いやいやいやいや……と言わんばかりの顔をされた。
 な、なにか至らんことをしたかな。不安がっていると、「先生、ここ読んでみて」とあるページを示される。私は言われるがままに、おそるおそる目を通した。

「ひょっとして、皆さんの中には、この『ジョーズ』が、あの人食いザメの「愛称」ならぬ「厭称」だと思っている方がおいでではないでしょうか。「あ、ジョーズがきた、ジョーズがきた」とやりながら、いつのまにか、彼の名前をくり返しているような気になってはいませんでしたか。
 違うんですね。『ジョーズ』とは『Jaws』であって「顎」の複数形。つまり、映画『ジョーズ』のタイトルは「大顎」とでもいうべきものだったわけです。」
加賀野井秀一『感情的な日本語』教育評論社、P159)

 へー。まぁ、そうだよな。
 読み終えた後、そんなリアクションをすると、学生さんは呆れ顔で「先生、まえーに『ジョーズ』は出てくるサメの名前だって、言ってましたよ」と言ってきた。
 ……覚えてない。いや……うーん、言ってないとは言いきれないか。
 話の続きを聞くと、最近本(『感情的な日本語』)を読んでこの事実に気づいたらしく、他者の前で話して赤っ恥をかいたということはないようだ。
 とりあえず、セーフ。危ないところだった。「テキトーな話をしてしまって、ごめんね」と謝罪すると、「人は間違えるもんですよ」と笑顔が返ってきた。

 やはり、知ったかぶりはするものではない。



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