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著…太宰治 絵…ホノジロトヲジ『駆込み訴え』

 主人公が「ある人」に対する怒りを、第三者にまくしたてるところから始まる小説。

 新約聖書に関する予備知識があると、よりいっそう味わい深くなります。


 ※注意
 以下の文は、結末までを明かすネタバレを含みます。
 未読の方はご注意ください。


 主人公は「ある人」がいかに我慢ならない人物かを言い募ります。

 そのセリフの端々からは、どうも、主人公が自らの複雑な感情に責め苛まれていることが伝わってきます。

 憎いだけではないのです。

 本当は「ある人」のことを美しいと思っているし、憧れているのです。

 他の誰よりも「ある人」を愛し、敬い、尽くしてきたという自負があるのです。

 「ある人」がこの世からいなくなったら、自分だって生きてはいけない、と主人公は確信しているのです。

 なのに、「あの人」は主人公だけのものにはなってくれません。

 それどころか、「あの人」は主人公を軽蔑している様子さえあります。

 そのことに深く心が傷ついた主人公は、「あの人」の死を決定的にする裏切り行為に走るのです。

 人類史上最も有名な裏切りを。

 愛していたのに…。

 なお、この「主人公」はユダ。

 「あの人」はイエス・キリストです。

 人の感情の多面性やどうにもならなさに気づかされる作品です。

 なお、ユダの歪んだ愛と狂気の精神世界を描いたこの作品は、なんと太宰治が口述したものを妻が書き留めたものだそうですから、そのことにも驚かされます。

 果たして、太宰治の心にはどんな世界が広がっていたのでしょうか。

 この作品を通して、その深淵の一部を垣間見た気がして、ゾクッときました。




 〈こういう方におすすめ〉
 ユダ目線のイエス・キリストに対する愛憎渦巻く物語を読みたい方。

 〈読書所要時間の目安〉
 一時間くらい。

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