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夏目漱石の千円と家出少女

先日、親友と互いの過去のことを語らい合って小学生の私が巻き起こした小さな冒険を思い出した。冒険と言えば聞こえはいいかもしれないがタイトルにある通り私がしたのは冒険ではなく家出だ。

ドラマの見よう見まねで置手紙をリビングの机の上に置いて、まだ日が昇り切っていない早朝に私は当時の全財産1042円を握りしめて自転車に跨り、家を飛び出した。何度思い返しても1000円ちょっとで何ができるねんって大人になった私は考えてしまうが不思議かな、小学生だった私には紙幣がとても大きなお金に見えて、その1枚のお金さえあればなんでもできる気でいたのだ。


さて小学生の私がなぜ家出をしようとまで至ったのかと言うと「飛行機に乗りたくない」 ただそれだけだった。

しかし幼稚園の時の私の夢は「キャビンアテンダント」にするぐらい、飛行機に乗ることは好きで家出する前年までは母親の実家に帰省する度に乗る飛行機が楽しみだったのだ。だが、あることをきっかけに乗れなくなった。アメリカで起きたあの9.11だ。

連日テレビで流れる凄惨な映像に小学生の私は恐怖し、更に私は母親が外国人であるため帰郷の際には毎年必ず飛行機に乗らなければいけないことから「自分もいつかこういった場面に直面してしまうんじゃないだろうか」と考えてしまい、飛行機が恐怖の対象となった。9.11が起きた翌年の夏の帰郷も飛行機に乗りたくないと駄々をこねたが行き先が毎年帰っている国だし…と自分を納得させて里帰りをした。問題はその次の年だった。

翌年の夏は里帰りではなくまさかのハワイ旅行が決まってしまい決定事項を聞いた私は大泣きしてアメリカ方面に行く飛行機に行きたくない、置いて行ってほしい、仕事で行けないお父さんと日本で留守番してる、と母に懇願したがその願いも虚しく「折角行けるのに行かないなんてバチ当たりよ!」と母親に押され、私のハワイ行きは決定してしまった。

こんなにも待ち遠しくない夏休みは人生で初めてだった。この年だけ夏休みがなくならないだろうかと願っていた小学生は恐らく校内では私だけだっただろう。六月のカレンダーが捲られ七月の文字が出てきたときは酷く絶望した。

しかし落ち込む日々が続いていたある日、友人がある提案を持ちかけてきた。

「夏休み入ったすぐに一緒に家出しない?」

と。聞けば友人も家庭に不満があって家出したいらしく、私が飛行機に乗りたくないということを常々漏らしていたことから一緒に家出をしないかと持ち掛けてきたのだ。いつもの私だったら悩むに悩んで、NOを出していたかもしれなかったがこの時の私は違った。友人の提案が助け舟にしか見えなく、その提案に秒で乗った。今思えばこの時が反抗期のピークだったかもしれない。

それからというもの、友人といつ家出をしてどこまで行くかと言う相談をしワクワクしながら家出の日取りを決めた。これで飛行機から逃げられる、乗る必要はなくなる、万が一親に連れ戻されても流石に家出するぐらい嫌だということは伝わるだろうし現状が変わるかもしれないと淡い希望を抱きながら家出決行の日を待ち続けた。

そして迎えた家出決行の日。アニメやドラマの真似をして「家を出ます、探さなないで下さい。」と書いた置手紙を残して冒頭へ戻る。

待ち合わせ場所で今か今かとウキウキしながら友人が来るのを待っていたが約束の時間は30分、1時間と過ぎていく。この時代の私の友人との連絡手段といえば固定電話か公衆電話のどちらかなのだがこれから一緒に家出をするというのに電話を掛ける訳にもいかない。引き続き待ち続けてみるものの友人は姿を現さなかったため、彼女の家の近くに行き様子を伺ってみるが家を出てくる気配もない。時間だけが過ぎていき、ふと腕時計を見てみると正午を過ぎていた。流石にお腹が減ったと私は夏目漱石が描かれた紙幣を握りしめて近くのコンビニへと足を運んだ。

しかしここで私は気づいてしまった。

コンビニの食品と言うのは、思っていたよりも値が張るということに。そして私は大した額を持たずに家を飛び出してしまったことに。なんてことだ、と頭を抱えたがそれでも私はハワイ行きの飛行機に乗りたくない気持ちの方が強く、家に帰るという選択肢はなかった。コンビニを後にし、もう少し友人を待ってみよう、その間どこへ行こう、と1~2時間ほど自転車で街中をブラブラしていたその時だった。

後ろから激しいクラクションが聞こえ、振り向くと見慣れた青いミニパジェロが目に飛び込んできた。母の車だ、中に弟が乗っているのも見える。まさか見つかるとは思わなくて驚きで足を止めてしまったがすぐに我に返り、小学生の若さと言うパワーをフル回転させペダルをこいだ。自転車は小回りがきくから追いつけやしねえぜ!と自信満々に逃げたが

まあ車に勝てる訳がない。即座に捕獲された。そのあとのことはよく覚えていなくて、両親にめちゃめちゃ怒られなあ…とおぼろげに記憶している程度だ。ただ「好きなゲーム一つ買ってやるからもう家出なんてバカなことはしないで」と懇願されてポケットモンスターサファイアを買ってもらったことだけはよく覚えている。なんてちょろい子供なんだ。結果ハワイには連行されて飛行機の中でギャン泣きする羽目になったのだが。

そんな感じで、私の夏の短い家出物語は閉幕した。今となっては笑い話の一つだが、もし仮にこの家出に成功していたらどうなっていたのかと考えてしまうとかなりの大事になっていただろうなと想像がついてしまう。当時の私は不服に思うかもしれないが早くに発見されてよかった。

逃げたくなるほどのこと、子供にだってある。家出したくなる気持ちも理解できるし、私も実際にした身だが未成年の家出は本当に危険だから逃げたくなることとかあったら頼れる人の元や友達の家に行くことを、無計画に千円ちょっとだけ持って家出をした元小学生はオススメする。


以下余談。後日、友人に何故約束の時間に現れなかったのか問い質してみると「妹が自分より先に起きちゃって家を出るに出れなかった」と伝えられた。それなら仕方がない。そういうこともある。

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