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[怪談]学級通信

小学校で教職を務めるB氏は若手の中では面倒見も良く子供好きで子供たちからも人気の先生だった。
小学校の先生の仕事の一つに学級通信というものがあり、その週に暮らすで起きた出来事などを親御さんに伝えるというものがある。
内容は○○ちゃんが授業を真面目に受けているだとか、休み時間に子供たちがどんな遊びをしているだとかなどのクラスで起きたほほえましい出来事をA4一枚の紙にするといったものだ。

毎週週末に生徒へ配り親御さんに読んでいただくのだが、何分多忙な小学校の先生の仕事の片手間なのでネタを探すのも一苦労。
それこそ生徒たちのふるまいをちゃんと見ていないと書けない物であり、内容に手を抜こうものならクレームが来て、
「うちの子が書かれていないのは依怙贔屓でないのか?」「うちの子は先生が言うようないたずらっ子じゃない」など、親御さんから𠮟責を受けることもしばしばだ。

年度も変わり新しいクラスと生徒にも慣れてきたころ、何人の生徒の親御さんからクレーム…というかご指摘をいただいた。
「●●ちゃん・・・というのはどなたでしょうか?」
「先日の学級通信に先生が書かれている●●ちゃんとは転校生でしょうか?」

指摘を受けたB先生は改めて先週分の学級通信を読み返してみると、確かに自分の書いた学級通信に●●ちゃんが鬼ごっこが上手く昼休みには元気に他の子たちと遊んでいる…といった記述があった。
そこでふと疑問に思う。
●●ちゃんなんて子うちのクラスにいたかな?児童の顔を思い返しても暮らす名簿を見返しても●●などという生徒はいない。
もしかすると他所のクラスかもしれないと思って他所のクラスの名簿を見てもそんな名前の児童はいない。
忙しい仕事の傍らで描いているので疲れているのか、大事な児童の名前を間違えて親御さんに伝えてしまうなんて申し訳ない。
B先生はそう自分を納得させ、真面目なB先生は次の週の学級通信で生徒の名前を間違えて書いてしまったことを謝罪した。

児童の名前を間違えていない子の名前を間違えて書いてしまった、この件はそれだけの出来事のはずだった。
しかしB先生がこのクラスを受け持った年、この●●という子供の名前を何度か耳にすることがあった。
あるとき児童が帰り道にお友達と楽しい話をしたという話をB先生にしてくれた。
内容は帰り道に友達と遊びながら帰ったという微笑ましくも他愛のない話なのだが、その一緒に遊んだ友達の中に●●ちゃんの名前が出てくるのだ。
それも一度だけでなく、複数の児童がその名前を口にする。
Bさんは訝しんだが、さすがに「児童に●●ちゃんって誰?」と聞くのは憚られた。
例え他のクラスとはいえ受け持った学年のお友達を把握していないと思わられたら不信を買ってしまうと思われたからだ。
なのでお話の中でそれとなく、●●ちゃんはその時どんな様子だった?
●●ちゃんは面白い子だねなどと遠回しに情報収集をしてみた。

そこで伝え聞くうちに●●ちゃんについてなんとなくどんな子か見えてきた。
優しく明るい性格でかけっこが得意、家があるのは学校から見て南側の坂道のある方向、
男の子とも女の子とも分け隔てなく付き合いがあり話し上手、しっかりした人気者だがおちゃめなところもあり、汗をシャツの裾でぬぐったり靴のかかとを踏んで歩く様なヤンチャさも残す子…との事だった。
といってもこれはあくまで生徒から聞いた話から類推した情報だ。
そして一番大事な●●ちゃんのいるクラスだが、B先生のいる2年A組にいる子らしかった。

自分の知らない子供が自分のクラスにいる。
B先生も若手とは言え自分のクラスの子供の名前と顔を忘れる様なことは無く、もしかするとこれは幽霊か学校の怪談的な何かかなと考えるようになった。
さすがにそのままにする事も憚られ、思い切って学年主任の先生に聞いてみることにした。
B「すみません、●●という名前の児童をご存じですか?うちのクラスの子たちが言うには私の受け持ちのクラスにいるらしいのですが…」

学年主任の先生に事の詳細をひとしきり話したところで、学年主任の先生は事情を察した様子でこう話された。
学年主任「B先生のクラスでもありましたか?実はたまにあるんです、クラスにいないはずの子と遊んだという話。それも一人だけじゃなく何人もの児童がその架空の児童と遊んだという。まあ一種の学校の七不思議というモノですな。実害はないからそのまま知らぬふりをした方が良い」
あまりにリアリティの無いその返答にBさんは呆気にとられたが、何か対処は無いのかと食って掛かる
学年主任「しかしね先生仮に考えてみなさいよ、児童が遊んだという子供が架空の子だとかキミが遊んだ子は幻だ!なんて生徒に言ってみなさい、そんなことをすれば子供たちからの信用は地に落ちるよ?
それこそ児童が親に言ってPTA達のお怒りを買ったら大変だ。
それに子供の言う事だ、名前を間違えて覚えていたり、記憶があやふやなんていうのは良くあることだ。
だからこの事は深く考えず、児童とはこれまでどおりそしらぬ風で接するようにしなさい」

納得できる言い方ではなかったが、子供たちとの関係が悪くなるのは避けたいと考えたB先生は学年主任の助言に従い、それ以降●●という児童について深く考えるのは止めるようした。
ただそのクラスを受け持った1年間、B先生にとっては何とも居心地の悪い気分であることは言うに難くない。
なにせ自分の受け持つクラスの中に自分の知らない●●という子供がいるのだ。
最初の内は奥歯に小骨の挟まったような気分だったが、学期後半の方にもなるとほぼすべての児童の話の中にあの●●という子供の名前が出てくるのだ。
次第にB先生ももしかすると●●という子供は本当に存在しているのではないか?とすら疑心暗鬼にかかるほどだ。

違和感と疑念にまみれた1年も終わり、学年替えの時期にクラスで集合写真を撮る機会があった。
現像されてきた集合写真を見て、なんとも思い出深い一年だったな…と感慨にふけりながらそのクラス最後の学級通信の原稿を書いていたB先生だったが、写真を見ながらある違和感に気づいた。
児童の数が一人多いのだ、正確には自分のクラスの集合写真の中に見知らぬ子が一人写っている。

●●ちゃんだ。直感的に理解できた。
見た目は明るい表情の元気そうな普通の男の子だ、しかしこんな顔の子供一度も見たことが無い。
さらに写真の中でその●●ちゃんと思われる子供が写っていたのはB先生のすぐ隣、写真中央で明るく微笑むその笑みがB先生にはひどく気味の悪いものに思えた。

クラス最後の学級通信、プリントの真ん中にはその集合写真がデカデカと掲載されたが、不思議と生徒や親御さんから問い合わせやクレームの類は無かったそうだ。

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