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少しラクに生きるためのヒント

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うつ病は病気ではない。脳の損傷なのである。

うつ病は、病気ではない。脳の損傷なのである。 そして損傷した脳は、二度と再生されない。 だから、うつ病は、なかなかすっきりと回復しないし、長引くのである。 診察した医師も、これという治療法がないので、患者側は期待する手応えを得られない。その挙句医療機関や治療法を求めてさまようことになる。 最悪なのは、向精神薬などの「薬漬け」にされることである。 これは本当の意味で廃人にされるリスクが高い。 うつ病の原因は、ストレスである。 現代社会において、適度なストレスは必要なものであ

私の子育て雑感 ① 形あるものは、壊れるものだし、失敗もするもの

日本では、失敗するとすごく親から叱られるというイメージがあるが、海外ではそんなことは無いらしい。 考えてみればそりゃそうだろう。 どんなに大人になろうが、年寄りになろうが(むしろ年をとるにつれて)失敗は常にするものだ。 しかし、実は失敗がよい結果に作用したり、そこから学ぶことがむしろ多い事が経験としてわかってくるものだ。 なのに、なぜそんなに子どもを叱るのか? 私が小学1年生か2年生の頃だった。 うちは経済的に苦しかった。 四畳半と六畳の二間のアパートに住んでいたが、お客

反社か反社的な人間に絡まれたら、「はい、すいません」と言って、それで終わりにしよう

私たちの身の周りには、驚くべき程たくさんの反社や「反社的な人間」がいる。 それは、老若男女を問わない。 そして、彼らは自分の了見でしかものを言わないし、それ以外を受け入れるキャパも無いので、いくら丁寧に、理路整然と話しても無駄である。 ましてや、コヴィー博士の「7つの法則のシナジー」を切り出したところで話にならない。 「はい、すいません」と言って、それで終わりにしよう。 「はい、すいません」は、まったく謝っているわけではない。 ただ「はい、わかりました(聞いたよ)」という意

クライアントや客は、あなたを「有能でスマートな店員、或いはビジネスマンかどうか?」と見ているのではない。ただ「自分の存在をリスペクトしてくれる人かどうか?」と見ているのだ

想像してみてほしい。 あなたは数年来の「夢」であった、ヨーロッパ旅行へ家族で行く。 前からチェックしていたパリのおしゃれなカフェに入った。 ところが、家族で店の入り口付近に立っているものの、店員はだれも視線すら合わせてこないし、ずっとほったらかしにされている。 それでは、と窓際の気持ちの空いているテーブルに座り、メニューを見ていると、いきなり店員がしかめっ面でやってきて何やらフランス語で「むこうの席に行け!」と言ってるのが、身振り手振りでわかる。 そこは壁に囲まれた薄暗い場

商売は「いいお客を探して売る」ではなく、「お客のいいところを引き出して売る」

商売をしていれば、様々なお客に会う。 「なんていい客さんだ!」と感嘆するような機会に出あうことはそうないだろう。 自分としてはポリシーを持って、誠実に真面目にやっていても、心なかったり、冷淡なお客に遭って、ついには怒りをぶちまけるといった経験なども、人間ならばあるだろう。 しかし、それでも尚、そこを越えたところに商売の「真髄」というものがある気がする。 商売は「いいお客を探して売る」にではなく、「お客のいいところを引き出して売る」なのだ。 そのポイントを一言で述べるならば、

「ニー、イッ!」で、脳内リラクセーションを促し、全ての病(やまい)に抗おう

ニー・・・・・ イッ! 療法、健康法、薬剤、電位治療器、食事、運動、気の持ちよう、色々あるが、生命の素は、プリミティブな脳すなわち脳幹部にある。 脳幹部との伝達系は、主に神経系、リンパ系、筋肉系であるが、この内自ら働きかけられるのは、筋肉系だけである。 口の周りの筋肉が、笑った形、「ありがとう!」「やった!」の形に動くことで。筋肉系を通して脳幹にポジティブなサインを送り、脳幹部の活性化につながる。 最短、最速、最安でできる働きかけは、この「ニーイッ!」なのだ。 「イー

なぜ多くの若者が、すぐに職場や学校を離れるのか?

このことについて、脳科学者である黒川伊保子氏がラジオの中でうまく説明していた。 簡単に言うと、管理者の年代である我々の世代は「頭ごなしに押し付けられてきた」世代であるのに対し、今の若者は「そうでない」世代だからだ。 「頭ごなしに押し付けられてきた」世代の強みは、「耐える力」が強い一方で、「変革する力」が弱い。 若い世代はその逆なのだ。 だから、ロジックも違うので、すれ違う。結果、表題のような結果となる。 私個人の見解としては、これからの時代は、後者つまり若者のように「変

経営を考える ~ 商売は「ことば」に始まり、「ことば」に終わる

そうであるのに、実際は経営において、「ことば」というものが、実に軽視されている。 例えば、地上波やネット上のコマーシャル。 これが、「心に刺さった!」という人などいるだろうか? 営業メールや葉書、チラシなども然り。 なんらかの情報にはなるかもしれないが、「心に刺さる」ことなど、まずあり得ない。 何故かというと、それらは全て「不特定多数」に向けられたものだから。 当たり前と言えば、当たり前の話。 全てに向けられた「ことば」など、「調子のいいことばかり言って!」という不快感を

現地でのバスケット観戦は、脳幹部の活性化、自律神経改善に絶大な効果がある

サッカー、野球、ラグビーではなく、バスケットである。 その次に効果が期待できるのは、バレー、卓球、バトミントン、テニスあたりだろう。 そして、ネットや地上波での観戦ではなくて、現地観戦が効果が大きい。 理由はシンプルである。 点を頻繁に取り合うスポーツだからである。 たとえ推している側が負けるとしても、点を取る場面は必ず頻繁にある。 そのたびに「ガッツポーズをする」「拍手をする」「Yes!、Yeah!などと叫ぶ」「ディーフェンス!などの掛け声を発する」という筋肉の動きが、脳

神経症に抗う ~ NHKの朝の番組で、吃音のある高校生の姿を見た

彼は「言葉が出にくい、引っ掛かる」というレベルでは無かった。 初めて接する人が、ぎょっとするくらいの吃音を持っていた。 番組は、やはり吃音のある教育学部の大学生が、吃音を知ってもらう一環として、その高校生に教師体験をしてもらうというものだった。 明らかに、今動画サイトで見られる吃音の若者たちとはレベルが違う。 一体、彼はここまでどれほど、辛い事に耐えてきただろうか。 両親は、どれほど心を痛めてきただろうか。 その事を思うと、心が苦しくなる。 吃音の原因は、未だにはっきりと

「大切な存在を亡くし、どう生きて行っていいかわからない」あなたへ

私は、noteは自分の子どもや孫たちが将来、何かのヒントになればと思って書いている。 しかし、数日前NHKラジオ第一の放送を聴いていて、「たった今、もしかして役に立つ可能性が万にひとつくらいはあるかも?」と思ったので、この記事を書いてみることにした。 この日のラジオ「ふんわり」では、「自死」をテーマにしていて、ある大学生の息子を自死で亡くした父親からのメールを紹介するという内容だった。 メールには「息子の死を、どう受け止めて、これから生きていけばいいのか、わからない」とあっ

「今日、消えたいと思う」あなたへ

私は、noteは自分の子どもや孫たちが将来、何かのヒントになればと思って書いている。 しかし、昨日NHKラジオ第一の放送を聴いていて、「たった今、もしかして役に立つ可能性が万にひとつくらいはあるかも?」と思ったので、この記事を書いてみることにした。 昨日のラジオ「ふんわり」では、「自死」をテーマにしていて、ある大学生の息子を自死で亡くした父親からのメールを紹介するという内容だった。 そして、番組の途中でも「自分も死という念にとらわれたことがあった」とか、「自分の息子も、よく

「遊びスペースのある職場」

「遊びスペースのある職場」で、試しに検索してみると、期待に反して、出てくるのは「キッズスペース」だけであった。 私が検索したかったのは、託児所としての「遊ぶスペース」ではなくて、社員や従業員、なんなら取締役も含めた大人の「遊ぶスペース」である。 なぜなら「遊び」は、人の生活には絶対に欠かせないものだからである。 殆どの職場では、昼休みや休憩時間は、「寝ている」か「携帯をいじっている」である。ほぼ例外はない。 しかし、これでは多少の気晴らしや休憩にはなっても、「リラックス」や

「チップ制経済学」を本気で考える

「経済学」が大袈裟なら、「チップ制経営学」でもいいかもしれない。 けっこう本気で、「チップ制」が経営上重要なファクターだと考える。 日本の購買文化に「チップ制」は無いが、「心付け」などは、同じ要素と言えるかもしれない。 私のような個人でのソリューション業?においても、作業後に「それじゃ少ない!」と規定料金以上に支払いをしてくれるお客さんが、数パーセントではあるが存在する。 クラフト品の販売においても然りで、「対州馬のために役立ててください」と余計に購買してくれる人もおられる