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星月渉の短編

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自分の短編をまとめたマガジンです。
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記事一覧

【短編小説】『落日』

【短編小説】『落日』

 夕日を見ると思い出したくないことを思い出してしまう。家に帰らなければいけない、あの苦痛を思い出す。私の家はあの町で有名なゴミ屋敷だった。ゴミ屋敷になったのは小学2年生の時、祖母が死んでからだ。家は見る間にゴミ屋敷になり、その主である母と二人きりの地獄のような日々がはじまった。

 おそらく母は家からほとんど出なかった。食糧は週に一度祖母が申し込んでいた宅配が毎回同じものを持ってきていた。少なくと

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【ショートショート】『アイアンメイデン同盟』

【ショートショート】『アイアンメイデン同盟』

 教室のお昼休み時間の光景はずっと変わらない。私はいつも小学生の時からの親友のアイカとご飯を食べて話をする。

 話をするって言っても、ほとんど、アイカがずっと喋ってるのに相槌を打つだけなんだけど。

「私、もう絶対結婚するまで処女でいる! ねえ、メイコもその方がいい思うでしょ? メイコもそうしたら?」

 また、はじまった。アイカの「私、こうする!」

 高校に入学してからの最初の「こうする!」

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【ショートショート】『DV』

【ショートショート】『DV』

「なあ、おまえ、また殴られたんじゃないのか? 歩き方がおかしいよ」

「あはは。殴られたんじゃなくて蹴られちゃったんだ」

「笑ってる場合じゃないだろ? マジであの家出ろよ。いつか殺されるぞ」

「うーん。分かってるんだけどアキト君置いて出て行けないよ。私があの家に来てから、パパにぶたれなくなったってアキト君が言うんだもん」

「いくら子どもに懐かれてるからって、自分が痛い目みる必要ないだろ?」

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【ショートショート】『プラネット』

【ショートショート】『プラネット』

「参ったなあ。Level20に上げないと、数減らせないわ。アイテム買おうにもポイント全部使ったし、このままだとコア爆発でリセットだな」

「あ、お前も『プラネット』やってんだ。どんな惑星来た?」

「テラってやつ。これってこっちで星選べないなんて、あんまりじゃね?」

「リアルにひとつしかない惑星ってのがウリだから仕方ねーわ。ちょっと貸してみろよ。ふうん。ブルーマーブルで綺麗じゃないか。俺のなんか

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【短編小説】『かりていも』

【短編小説】『かりていも』

 まさか、ここにまた来ることがあるとは思っていませんでした。私、中二の……。いつまで? 秋くらいまで通ってましたっけ? 先生。そう、この東棟の屋上に上がる階段、懐かしいなあ。ドアが開いていると、光が全部階段に注いで……。

「天使が舞い降りて来そうね、川村さん」

 そう言ったのも、先生でした。

 正直に言うと、この人馬鹿じゃないの? と思っていました。だって、あのころの私はそれどころじゃありま

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【短編小説】『私のアン・シャーリー』

【短編小説】『私のアン・シャーリー』

杏ちゃんが私のいる小学校に転校してきたのは、小学五年生の時だった。この田舎町に時々転校生は来るけれど、私のクラスに来たのは初めてで転校生という存在にとてもワクワクしたものだ。

先生が黒板に大きく「高遠杏子」とふりがなつきで書いたその隣に立たされた杏ちゃんの姿を今でも鮮明に思い出す。あの日、杏ちゃんが入ったのが私のクラスだったのは運命だったに違いない。

きつく編まれた二本の三つ編みに東京から来た

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【短編小説】『アクネ』

【短編小説】『アクネ』

あれはいくつの時だったでしょうか? 十歳くらいだったような気がします。まだ匂いのしない子どもだったことだけは、はっきりと覚えているのですけど。学校の帰り道、通学路の脇で段ボールに入れられて捨てられていた一匹の仔猫を拾いました。薄汚れているとはいえ、白猫なのに口周りだけまだらなブチがついている仔猫でした。

幼心にでさえ、恐らくこの仔だけ捨てられてしまったのだろうと、うっすら分かってしまい、後先考え

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【短編小説】『地獄変』

【短編小説】『地獄変』

フラッシュの猛烈な光に私はまばたきを繰り返す。目が開いている写真など一枚も撮れていないのではないかと疑いたくなるくらいだ。

「榊原さん、こちらも向いていただけますか?」

「榊原さん、もう少し笑っていただけますか?」

五十半ばのおばさんでも笑っていた方が見映えがいいのだろう。金屏風をバックに背筋を伸ばし、私はありったけの笑顔を向けたが少しも勝利を勝ち取った気分にはなれなかった。二十年前なら喉か

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