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お互いが、思い込みを持ってしまっても...

大学生になり、念願叶って
イギリスのケンブリッジへ語学留学をした。

高校卒業と同時にバイトをし、お金を貯めて、留学センターでのカウンセリングや説明会に通ううちに、私は留学というものに、更なる希望を持つようになっていた。

優しいホストファミリー。
週末にはホストファミリーと出掛けたり、
夜にはパブに連れていってもらったり。

どちらかと言えば、本来の目的 語学の習得よりも、
ホストファミリーとの交流というものに幻想のようなものを抱いていた。

しかし、現実はそんなに甘くない。
私のいた期間中、
ホストファミリーとの「心温まる交流」というのは、残念ながらほとんど皆無だったからだ。

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ロンドン・ヒースロー空港に降り立った時のワクワク感は今でもはっきりと覚えている。

入国審査等を経て、出口を出ると
予め 留学センターから手配された運転手が待っていてくれて
彼の車で家へ向かう。

窓に写る景色がどれも新鮮だ。
きっと当時スマホやデジカメを持っていたら、
窓からひたすら写真を撮っていたかもしれない。

そんなことをしているうちに
あっというまにケンブリッジ、私が暮らすことになる家へ着いた。

運転手がスーツケースを運んでくれる。

「着きましたよ」

そう言われて開いたドアから来たのは、
予め交わした手紙に添付されていた通りの老夫婦だった。

「はじめまして」
「はじめまして、疲れたでしょう。さぁ、どうぞ」

家も、家の回りも私が夢にまで見ていた、理想通りのイギリス家庭だった。

「着いてそうそう悪いけど、
大切な話があるから、
荷物置いたら降りてきてくださいな」

話ってなんだろう。

でも、その時はまだ私は夢心地だった。

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「ほしまる、ここに座って。今お茶を入れますからね」

紅茶のいい香りが漂う。

言われた通りにソファーに座り、
あちこち眺めていると、
目の前にいた、老父(ホストファザー)がひとこと、口を開いた。

「君には恋人はいるかね?」

えっ、と思わず日本語で言いそうになる。

まだ会って数分間のホストファザーに
恋人のことを聞かれるとは、全く予想していたなかったからだ。

ここは正直に言うべきか、はたまた笑って答えを濁すべきか...?私の脳内に様々な答えが浮かぶ。

(正直に言おう)

腹は決まった。


「ええ、います。二才上でで、もうすぐ就職を控えてて」

当時の恋人のことを嘘いつわりなく話した。

ホストマザーがお茶を運んできて
質問を続ける。

「ああ...じゃあ、どのくらいお付き合いしているの?」

思わず紅茶を吹き出しそうになる私。

「えっ、これってなんで聞いてるんですか?」

思わず、思ったことを口に出した。

「大切なことだからよ」

ホストマザーの顔が少しずつ険しくなる。

「恋人がいても、イギリスで男性と遊ぶ子はいるからね」

その時、初めて私は ホストマザーとファザーから、
ある意味、尋問を受けていることに気づいた。

日本に恋人がいて、恋人しか目に入っていないのか。

それとも、海外に来たことに浮かれてはしゃいで遊んでしまうのか。

「こういうことは言いたくなかったんだけど。
これまで我が家は三人、日本人の女の子を迎えてきたわ。
でもね、その三人とも、はじめはおとなしいのに、途中から外国人の男性を家に入れるようになったのよ」

「......」

「私たちとしても、日本人は素敵だから信用したいの。
でもね、もしもあなたも、と思うとね」

なんというのが正解なのかわからなかった。

実際、当時は留学に限らず旅行でも女子大生が羽目を外して、怖い思いをしてというニュースもあったりした。

「今、会ったばかりだけど。
ジェリー(ファザー)にも、ジェニファー(マザー)にも私のことを信用して、としか言えません」

私は、ゆっくりとたどたどしくも英語で答えた。

「それでね、ほしまる。
今話したように三人とも、その、結局は遊んでしまったでしょう?
私たちの接し方にも問題あるんじゃないかって改めたの。
あなたとは同居人で最低限の家事はするけど、プライベートは別にしましょう」

「えっ...」

「あなたと過ごすのは、朝食、午後の紅茶、夕食。
合鍵を渡すから、夕食(午後6時くらい)の後も遊んできていいから。」

そう言って直ぐに合鍵を渡された。

着いたのは金曜日。

土曜日も日曜日も彼らは親戚との予定が入っていた。

私は一応、すこしだけ顔を出すことになったが
基本的に月曜日まで、暇になった。

自転車を借りて、30分先の学校まで一応見学に行く。

結局その週末は、ケンブリッジ市内を自転車でぶらぶらしていた。

おかげで、学校の休み時間に使えそうなお昼のお店は沢山見つかった。

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朝食、夕食は基本的に ホストファザー・マザー と彼らの三男の食べる。

徹底していたのは、三男の彼女がいつも朝食、夕食を一緒に食べに来ていたことだ。

最初は、「ずいぶんイチャイチャして、見せつけないでよ」と思っていたけれど。

これは後から気づいたのだが、
私が彼らの三男に ちょっかい(異性的な意味でも)を出さないように、ということだったようだ。

そんなに信用ないのかなぁ、私。

でも、三人来た日本人が三人ともそんな、男を家に連れ込むようなことをしたら、疑いたくもなるんだろう。

そんな雰囲気だから、朝食も夕食も
淡々としたものだった。

唯一、家のなかでほっとできたのは
アフタヌーンティー(午後の紅茶)の時間だろう。

お菓子やスコーンと一緒に、お茶をいただく。

私は、アフタヌーンティーはすでに学校の友人や帰宅前にもお店でいただいていたけれど。

家でのアフタヌーンティーはまた格別だった。

まさにブラックティー、というような
色も濃いめで、少ししぶめの香り高いお茶。

テレビを見たりラジオを聞きながら
今日あったことを話せる、唯一の時間だった。

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それでも、ホストファミリーとしての環境としては、良好ではなかったと思う。

書き出したらきりがないのでやめておくが、
何度も、彼らの勝手な言い分には腹を立てたこともあった。

滞在中、ホストファミリーを何度も変えたりしている留学生もいた。

「ほしまるも我慢することないんだよ」

我慢。

確かに必要以上に我慢はしてきた。

熱を出して週末、寝込んだときには
なんとホストファミリーは皆、家族揃っての泊まりがけのキャンプに行った。

「38.9度」

体温計を見たときに、妙に日本の家族が恋しくなった。

国際電話を掛けて、またこちらにかけてもらおうと電話まで行くも、
なんと電話が線ごと消えている。

私のことだから国際電話を使うと思ったのかもしれない。

ひどすぎる...

公衆電話までは、家から歩いて1kmほど。
けれど、高熱の私には無理なことだった。

結局その週末は、自分で野菜スープを作って、何度かに分けて食べた。

空しかった。

たまたま、同じクラスの日本人留学生
カヤちゃんがホストマザーとケーキのお裾分けを持ってきてくれて。

カヤちゃんと、カヤちゃんのホストマザーに抱きついて泣いた。

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そのことがあってからは、
私もホストファミリーに、かなり淡々とした態度で接していた。

唯一楽しみにしていたアフタヌーンティーも
カヤちゃんのホストファミリーといただくことにして。

学校が終わってからも、カヤちゃんのホストマザーと一緒に出掛けたりしていた。

当て付けのようにお土産を買ってきて。

ホストマザーもファザーもどんな気持ちだっただろう。

でも、少しかけ違えた私たちのボタンはそのままになっていた。

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同じ学校の留学生の帰国を何度も見送ってきた。

そんな私の学校のプログラムがいよいよあと二週間になった。

二週間のプログラムを終えたら、ロンドンを拠点にしてしばらく一人旅をする予定だった。

この家で暮らすのもあと二週間。

そう考えると、妙に寂しい気持ちになる。

初めはホストファミリーの「思い込み」で
最低限のコミュニケーションしかしてこなかった。

けれどある時からは、私が「彼らとは必要以上に接する必要はない」と思い込んで、過ごしてきた。

そして、私にも非は十分あると思い始めていた。

ずっと実家暮らしの私だったから、多少難ありの生活環境(ホストファミリー)であっても、
自分自身の甘えも少なからずあって。

だからこそ、してほしいことや、おかしいことをきちんと言葉で伝えることからも逃げていた。

「このホストファミリーはひどい」

そう言ったり、思うことで現実逃避していたんだ。

このままでいいわけがないな。

ある日の夕食、私は突然切り出した。

「ジェリー、ジェニファー。
私が帰る前にパブにいかない?」

その時のホストファザーの嬉しそうな表情も、
本当は嬉しそうなのに毅然としているホストマザーの姿も、よく覚えている。

「私たちと行ったら沢山飲むわよ」
「覚悟しておくわ」

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最初で最後に三人で行ったパブ。

これまでのことが信じられないくらい、
三人でよく笑い、よくしゃべった。

「あなたには、いろいろ厳しくしたけど。
よく、頑張っていたわ。
しっかり勉強もしていたわね」

そう言ったホストマザーと、ホストファザーを見て、

ああ、ホストファミリーを変えなくてよかったと心から思った。

お互い、抱いていた 「思い込み」。

双方で、或いは片方でそのまま意固地に持ち続けなくて本当によかった。

思い込みという、硬い殻から解けたときにはこんなにもお互いにとって優しい世界が待っているのだから。

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