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『ばけもの好む中将 十 因果はめぐる / 瀬川貴次』(集英社文庫)を読んで。

年の瀬ですね。読書好きの方々は、そろそろ今年最後に読む本を決める頃じゃないでしょうか。締めの一冊。読書好き界隈には、そんな文化があると数年前に知ったばかりの読書初心者、自称読書好きの春風と申します。こんにちは。

もう何冊かは読みたいなぁ、と欲張りを思いながら、この小説が2020年の最後の一冊でもいいな、と言えてしまうくらいな大大大大好きな『ばけもの好む中将』シリーズ、最新刊『ばけもの好む中将 十 因果はめぐる』瀬川貴次先生著の感想を、今回書いていきたいと思います。押忍。

この小説は、集英社文庫で、なおかつ時代小説の分類ですが、キャラクター文芸として出ててもおかしくない、わたしはキャラクター文芸として読んでる作品です。

10巻も出ている作品なのでひとつの記事で感想をまとめるのは難しいんですが、久しぶりの感想文でもあるし、力入れずにゆる~く書きます。

 ―― 注意 ――

・感想を書くにあたりこの記事内では作品の内容に関わる #ネタバレ をある程度しています。事前になにも知りたくない方はご注意ください。

◆ばけもの好む中将 十 因果はめぐる / 瀬川貴次

(あらすじ)「ばけもの好む中将」宣能の妹・初草は、文字に書き手の感情を読み取る“共感覚”を持つため読み書きができない。彼女のために、発明主婦である五の姉は便利道具の開発を始める。一方、宗孝は河原で瀕死の男を見つけ、宣能に知らせるわけにはいかない重大な秘密を知ってしまう。陰陽師の歳明とともに賊の目をかいくぐり都を右往左往する羽目になり…。波瀾万丈の平安冒険譚、シリーズ第10弾!

◆シリーズモノは読みやすい、と教えてくれた瀬川貴次先生

鬼舞です。ええ、鬼舞のことです。

瀬川貴次先生の作品との出会いの最初は、集英社オレンジ文庫の『怪奇編集部『トワイライト』』でした。当時、オレンジ文庫の作品からキャラクター文芸の存在を知ったので、同レーベルの作品をあれこれチェックしているなかで『あまつき』の高山しのぶ先生が表紙イラストを描いた、との興味でこの作品を手に取りました。『怪奇編集部『トワイライト』』は人ならざる存在が視える大学生の駿がオカルト雑誌の編集部でバイトすることになって……って話からはじまるいかにもなキャラクター小説です。

面白かったのですが、『あやかし』+『おしごと』ってキャラクター小説の定番の題材でもあるので、この作品から特出したものは感じませんでした。(noteは嘘やおだてなどなく、正直に書くよう心がけてます)

瀬川先生についてを読書メーターなどなどで調べていると、他にも著作が多く、なおかつ高評価の作品が多く、しかも読みやすいらしいと……それで手を出したのが『鬼舞』シリーズと『ばけもの好む中将』シリーズでした。

『鬼舞 見習い陰陽師と御所の鬼』 (集英社コバルト文庫)

『ばけもの好む中将 平安不思議めぐり』 (集英社文庫) 瀬川 貴次

鬼舞は全17巻、完結済み。ばけもの好む中将はわたしが読み始めたころには7巻まで発売されてました。

この二作品がとにかく面白かった。舞台はどちらも平安時代。他のキャラクター文芸とはちょっと違った。そして、なにより抜群に読みやすい。

◇『読みやすい』は、ステータス

よい本(=好きな本)の基準で『面白い』の次に、わたしが重要視したいのが『読みやすい』です。

小説の『読みやすい』は、人によりけり色々意味があると思いますが、わたしの『読みやすい』は、文章が簡単で、内容が理解しやすい、という意味で使っています。

※余談)読みやすい本ばかり読んでいてもしょうがないだろう、って意見もあると思いますが、読書は所詮趣味事です(仕事でなければ)。趣味で苦痛を感じ続けるのはいかがでしょう。そりゃあ、難しい本も読めるようになりたいなら、徐々に難しい本を読めるように努力していく必要でしょうが、読みやすい本・簡単な本が好きでも後ろ指をさされるようなことはあってはならないと思います。大人でも絵本読んでいいし、児童書読んでもいいじゃない。人の趣味にケチつけてくるやつってどこにでもいるんで、無視して読みたい本を読みましょう。

読書好きさんの発言で、「元は児童書なので読みやすいよ」なんて言葉をしばしば聞くと思いますが、あれがこれです。文章が簡潔で、世界や人物の様子が、すぐに理解しやすいです。

わたしは読書好きを自称していますが、読書は苦手です。今はちょっとは読めるようになりましたが、以前はもっと酷かったです。トラウマとまでは言いませんが「なんで本読めないんだろう……」とひとりウジウジ思うくらいには読書が苦手でした。まぁ苦手は今もかもですが。

読書苦手を克服したいわたしを救ってくれたのが、瀬川貴次先生の作品、特に『鬼舞』でした。

『鬼舞』は『コバルト文庫』っていう、めちゃんこ有名なティーンズ向け文庫から出てる小説です。早い方だと、小学校高学年からコバルト文庫を読んでるんじゃないかと思いますが、ともかくコバルト文庫なので読みやすいことは折り紙付きです。表紙もマンガチックで、挿絵もありますし、人物紹介もちゃんとあります。

そんなコバルト文庫ではありますが、まぁ全17巻もあることが、読書苦手ならまずビビります。わたしはビビりました。ちゃんと最後まで読めるんだろうか、と不安になります。読書が苦手なのはわかってるので自分が信用できないのです。ですが、鬼舞を何冊か読み進めていくと、シリーズもののほうが読むのが簡単だということに気付きました。

わたしが読書が苦手なことのひとつに、世界観が想像しにくい&キャラクターの性格が想像しにくい、がありました。文章を読みながら、どんな世界で、どんなキャラなのかを想像しながら読むのが小説の普通だと思いますが、小説をひとつ読み始めるとき、あらすじ以外は情報ゼロの状態ではじまります。だいたい、その世界観や人物像をつかめるのが100ページくらいです。この100ページあたりまでがわたしには苦痛です。個人的に鬼門って呼んでます。鬼門を越えられた先は面白いんですが……。

シリーズものだと2冊目以降にこの苦痛がない、もしくは苦痛が少なくて済むのです。1巻を読んだあとなので、そこがどんな世界なのか、時代や国や、またはファンタジー要素はどれくらいだろうか、登場人物も名前や容姿も、それ以外にも、どんな性格の人間か、これこれこんなことがあったときにどう思い、どう感じる人なのか、を容易に思い描くことができる。

シリーズもの小説は、わたしが感じていた序盤100ページの苦痛を、省くことができることに気付きました。

『鬼舞』は、内容が面白かったのもありますが、その点に気付けたことが大収穫でした。今のところ、この鬼舞シリーズの全17巻がわたしの読んだシリーズモノの巻数最高記録です。なかなかこれを塗り替える作品も売ってないと思います。鬼舞に教えられたことには、これからの読書人生のなかでずっと感謝し続けることでしょう。

『鬼舞』とは対照的な『ばけもの好む中将』

『鬼舞』シリーズは、平安時代を舞台に陰陽寮(陰陽師が通う学校)に入学した宇原道冬が、先輩陰陽師であり生きる伝説の陰陽師・安倍晴明の息子でもある吉昌に気に入られたりして、都にはびこる怪異(怨霊とかそんなの)と陰陽術(式神とかそんなの)で戦い陰陽師として成長していくという、そんな話です。

なのですが、『ばけもの好む中将』には、怨霊のたぐいは、一切出てきません。ばけものに恋焦がれる中将・宣能さまが『鬼舞』を知ったら、どれだけ羨ましがることでしょう、みたいな、そんな対照的な感じがまた面白いんです。

中将さまが怪異に焦がれる理由が切ない

中将さまが怪異に焦がれる理由は、単純に怖い物見たさのオカルト好きだったのだろう、というのが、宮中の誰もが知る表面上の理由です。が、主人公の宗孝くんだったり、ばけもの好む中将を読んだ読者ならなんとなく気付ける理由が、とても切ない。

中将さまは、右大臣の息子として、将来的に悪い物(後ろ暗い役職)を背負わないといけないことが決定しています。「中将さまは、その未来から、一時でも目をそらしたいんじゃないか」「現実は恐ろしい。けれど目に見えないものに恐怖していたい(宗孝くんのように)」「本当に怖いのは、人なんだろうな」とわたしは〈ばけもの好む中将〉さまが、怪異に焦がれる理由をそんなふうに感じてます。

宗孝くんを引き連れて怪異を探しに、夜ごと洛中をうろちょろするのですが、中将さまはちっとも怖そうにしない。右大臣に対しても、怖いとは思ってはいないような気がします。(事を荒立てることは賢明ではないとわかっているので歯向かいはしませんが、慕っている様子は皆無)。人にも怪異にも怖さの感覚が麻痺しているようにも感じます。せめて人らしく恐怖したい。宗孝くんは怪異が怖くて怖くてしょうがないみたいで、そんな宗孝くんの怯える心を羨ましいとも思っていますし。切ないです。

◇中将さまの描写がとにかく美しいところが大好き

『ばけもの好む中将』の文章は簡素です。描写はくどくありませんし、一般的じゃない単語や、難しい単語だったりを使うこともありません。短く、的確で、誰もが知ってるような単語を使いながら、それでも美しいと感じる文章。特に中将さまの描写から感じられる美しさがすごい。

10巻から、一部を引用いたします。

 と、わかったようなことを宗孝が考えていると、歩きながら宣能が独り言のようにつぶやいた。
「今宵も無駄足だったわけだ……」
 月に向けた端正な横顔に哀愁が漂っている。色香さえ感じられ、怪異にではなく恋に破れて悲嘆に暮れているように見えてしまう。なんとかしなくてはとの思いに駆られた宗孝は、
「無駄足ではありませんでしたよ。少なくとも、怪異におびえる未亡人を救ってさしあげたのですから」
 精いっぱいの頭を振りしぼって前向きな発言をしてみた。宣能は月から宗孝へと視線を移し、淡く微笑んだ。
「きみは優しいね」
 その口調こそ優しくて、宗孝は妙に照れてしまう。

(引用 ばけもの好む中将 十 因果はめぐる 55ページ)
 しゃがみこんだまま、ひそひそと話しこんでいた春若たちの前に、ぬっと人影が差した。と同時に、耳に心地よい低音がふたりの頭上に降ってくる。
「これはこれは、東宮さまとその小舎人童ではありませんか。奇遇ですね」
 立烏帽子に淡い色合いの直衣。紙扇を手にし、涼やかな笑みを浮かべて少年たちを見下ろしているのは、〈ばけもの好む中将〉の宣能だった。まるで本物の物の怪と遭遇したかのように、春若たちはうわっと悲鳴をあげる。

(引用 ばけもの好む中将 十 因果はめぐる 83ページ)
「と?」
 そのつもりはなかったのに、つい宗孝は訊き返してしまった。宣能は待っていたよとばかりに溌剌と言った。
「溺死体はがばりと身を起こして大声で叫んだ。『おれを殺したのは隣人の某だ!』」
 死体の台詞部分を、宣能は実際に大声で表現した。唐突に入った演出に、宗孝は意表を衝かれて腰を抜かしそうになる。宣能は口もとに直衣の広袖を寄せ、嬉しそうにくすくすと笑った。
「いいね、その顔。右兵衛佐と夜歩きをしていると本当に楽しいよ」
「そ、そうですか。それはようございました……」

(引用 ばけもの好む中将 十 因果はめぐる 120ページ)

ネタバレになるような部分は避けましたが、いかがでしょうか。宗孝くんと宣能さまがいかに夜ごとイチャイチャ……いえいえ、そういう小説ではないんですけど、見た目だけではなく、仕草のすみずみにまで美しさを感じられる、宣能さまの描写。これを読んだ現代の乙女達(わたしを含む)は、想像しうる限りの絶世の美貌の烏帽子男子を想像するんです。わたしは鼻血が出そうです。

ネタバレになりかねない部分では、宗孝くんが宣能さまを月の神に喩えるような文章もあります。まさにその通りだと思うような描写で綴られる宣能さまの美しさを、ぜひ堪能していただきたい。

◇装画は、シライシユウコさん

シライシユウコさん( @ui_uli ) さん。ただでさえ美しい『ばけもの好む中将』に、さらに美しい彩りを加えてくれます。

人物も背景も華やかでありながら煌びやかというほどにはこってりしてなくて、一見すると簡素な印象なんですが、小説を読んだあとに表紙をじっくり見ると、小説の内容をリスペクトしてくださっているのがめちゃくちゃよくわかります。宗孝くんと宣能さまの表情や、ふたりの距離感も、まぁ「この(表紙の)とおりだな」と思うような表紙を、毎回毎回毎回仕立て上げてくださってまして……。

ばけもの好む中将好きからすると、ばけもの好む中将の表紙がシライシユウコさんで本当によかったな、という一言に尽きます。色使いも綺麗ですよね。次はどんな表紙なんだろう、っていつも楽しみなんです。

シライシユウコさんつながりで、真堂樹先生の『男爵の密偵 帝都宮内省秘録 (朝日文庫) 』という本もオススメです。一般小説レーベルなのですが、キャラクター文芸です(勝手に決めつけ)。男と男が暗躍めぐらせてひと悶着するわたしの好きないつものやつです。よかったら、ぜひ。

◇ざっくり、感想

ここからはまとめきれない感想をざっくり書いてきます。

右大臣。本当に悪い奴なのかなぁ。実は悪い奴じゃないのかもしれないというシーンがあった。先入観で判断していないだろうか。瀬川先生が、読者を裏切るような(悲しくなるような)方向にお話を持っていくとは思えない。疑いは、保留。

初草と宗孝くん。そうなるかー。そうだと思っていたし、宣能さまがそれを望んでいるような気はしていたけれど、でも相手は東宮だし、そうもうまくいかないんだと思っていた。春若が初草をちゃんと好きになって幸せになってくれればいいのになと思っていたけど、違うみたいだ。

十郎太と多情丸。過去に何があったんだ。多情丸と狗王には、鬼舞の呪天童子と茨木を想像してしまいがちだけど、多情丸と狗王は結構な厳ついオッサンっぽいのを忘れてはならん。

◇宣伝!瀬川貴次先生のエッセイ連載されてます! 

【エッセイ】瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮)|よめる|集英社Webマガジンコバルト https://cobalt.shueisha.co.jp/read/cat155/post-110/ 

瀬川貴次先生が「エッセイも書いてるんで読んでね」みたいに仰ってたので、この場を借りて、宣伝させてください。

ばけもの好む中将に、あとがきはありませんが、鬼舞ではあとがきがあって、SNSもWebサイトもやってないんだぁ~みたいなふうに言ってらしたので、現状、瀬川貴次先生のナマの声が聴ける(レトリックです)唯一の場なんじゃないでしょうか。

◇おまけ

ごちそうさまです😋

◆後記

以下、読まなくていいところです。

まさか今年中にばけもの好む中将が読めるとは思っていなかった。最近は毎年五月頃に出てるっぽいのにねー。瀬川先生ありがとう。

10巻。まだ10巻という印象。まだまだ続きそう。宗孝くんに宣能さまの秘密がちょっとバレた。ここから物語はどう動くのか、なにもわからない。なにもわからないけど、宗孝くんが宣能さまを裏切らないと言うことだけが信じられる。


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