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食事からの〜我慢とモラル🤫

ここのところ、力が入らなく脱力気味になっているのですが、それはなぜかと考えていたのですが、それは白米を食べてないからだと思います
食事も細くなったのは事実はあります

食べない時は夜だけしか食べません

ただ元々、2食になりがちでした
昼と夜の食事が多かったのですが、2食でも白米は1回ぐらいでした

ただその白米もこの頃は1週間に1回とかになっているのです

だったら力も出ないよなとは思います

ご飯炊けば良いと思うのが、本来です
ですが、米を研ぐ作業がそもそもしたくないのです
それだけと思いになるのは理解出来ますが、それだけなのです
なんか米を研ぐ事さえ、脱力なのです

そもそも何かをやる事が出来ないのは鬱症状が出てます

多分、今の生活が楽しくも満たされてもないし、またゆとりもないのでしょう
だから逆にやりたくない、方向に向かっているのだと思います

ただ脱力状態だと運動も出来ないし悪循環を起こすのです

運動した、ある程度リラックスした、疲れは眠りを誘います

元々眠る事が出来ない僕は眠りが、生活に関わって来ます

誰でもそうでしょうが、良い睡眠は良い心の張りを保ちます

食べないだけでも、精神病であればリズムを壊すのです

精神病は生活習慣病のようなものでもあります

生活が壊れれば、心も壊れて来るのです

だから良くバランスと言われるのですが、そのバランスを意識し過ぎてバランスを崩す事もしばしばです

ただ意識しなければ、対応も立てれないのです

僕はわかっている事実がありながら、やらない訳です

僕の場合、負担が多すぎる事も一つの欠点です

ストレスの一つや二つ減れば、状態は軽くなるのは必死なのですが、周りはそれを許さないと来てます

もはや精神障害者に苦しい社会になってしまったのが、今の僕の日常です

その最もたる要因は放置

人間たちの放置に尽きます

精神病になって、分析もするようになって、わかって来た事なのですが、人は一人で悪い要素を身につける事は出来ないと思います
何かしらの環境要因はあるのだと思いました

その何かしらの環境要因を自分で処理出来る人と出来ない人との差で犯罪にも繋がるのだと思うようにもなって来たのです
何か切れるという事はあり得るのだという事です

人は要因を処理出来なくてはいけません

だから人はやはり我慢が必要な時は我慢すべきなのです

これは精神障害者に限った事ではないと思います
健常者にもとっても我慢が出来ない行動をする人は異常です

我慢が出来るか出来ないかは常識を越えるか超えないかです

ただ人であり続けるには我慢は必要だと思います

後一つ、周りも我慢をあまりにもして居る人が居たら声を掛けてあげるべきです

我慢は必要最低限であって、我慢は本当に限界まで行くと爆発にはなるのです

そうなってからは遅いのです

精神障害者や健常者やらのくぐりは本来はないのです
それは同じ人間だからです

自分の行動には責任を持つべきだと思います

それは精神障害者も健康者もです

もはや人間のモラルこそが、人の成り立ちであると思います

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