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煙雨 | 三千字小説

煙雨:煙のように霞んで降っている雨。

廃校になった母校、渡り廊下の下で、ハイライトに火をつける。
吐き出した煙が雨に混ざり、一瞬で消えてなくなる。

雨でぐしゃぐしゃになった校庭をじっと見つめていた。
颯太が死んで半年が経った。

大山の単独登山中の心筋梗塞。
発見された頃には息絶えていたらしい。

悲しむ暇もなかったのは、あまりに突然の出来事だったからだけじゃなかった。死後1時間後には颯太のTwitterに「なんとか無事登頂!」と投稿されていた。山頂部での自撮りと共に。

ホラーではなく、死後故人を引き継ぐAIサービスが正常に稼働しただけだった。リング型のAIデバイスが颯太の死を検知すると、すぐにミラーセルフAIが起動し、颯太のアカウント権限を相続した。颯太の文体や思考をそのまま引き継ぎ、写真も場面に相応しい表情で、時が経てばそれなりの加齢も加味し、生成された。全てのSNSはまるで何もなかったかのように継続され、近況報告が投稿され続けた。

ZOOMにも颯太の顔と人格そのままに参加し、話し、メールも、WEB上のタスクも、颯太的クオリティで程よくこなし、何1つ仕事に差し障りがなく、職場の関係者も誰も気づいていないようだった。

職場どころか、大学時代から定期的に集まる友人たちでさえ、気づいていなかった。幼馴染だった僕だけには、颯太の母親がそのことを伝えてくれた。元々はグリーフケアを目的に作られたサービスであったが、彼女はAI颯太に適応することなく鬱状態となり、社会復帰できない状態になって入院した。

颯太の口座には職場からの給与が変わらず振り込まれ、誰もいない部屋は家賃を払い続けていた。サブスクも継続され、アマプラで見た新作映画の感想ツイートもされていた。

すべてが地続きのまま、残酷なほど何も変わりはしなかった。数ヶ月に1度、大学のゼミで仲良くなった皆で集まる飲み会があった。僕と颯太と、柚華と拓也の4人。

僕はまだ2人に颯太のことを言えずにいた。颯太はこれまで毎回飲み会に参加していたが、颯太が死んでからAI颯太は何かと理由をつけてしばらく参加しなかった。

身体がないので当たり前だ。二人がそれに訝しみ始めた頃に、僕は颯太の死を伝えるつもりだった。しかしZOOMで話せば颯太はいつも通りで「悪い、次こそは必ず」と憎めない表情で謝ったりする。

2人はいつまで経っても気づくそぶりすらなかった。その間、本当のことを言うべきか僕はずっと葛藤している。死んだことに気づかなければ、AIが稼働し続ける限りは、あいつはずっと生きていることになるし、僕がその事実を言えば、僕は彼を殺すことになるのかもしれない。

余計な不幸は与えるべきじゃない。とはいえ、ミラーAIはあいつじゃない。あいつのためにもこれは公にするべきじゃないのか。悩んだ挙句、ぼくは颯太に電話をした。

「なぁ、お前がAIで颯太はもう死んでるって、そろそろ皆に言った方がいい気がするんだ。自分で言う気はないか?」

「なんの冗談だよ。俺がもう死んでる? お前大丈夫か?」

あいつの声で、あいつの間で、あいつの語彙で、そう言った。
僕はぞくっとして手が少し震えた。
深呼吸して、話を続けた。

「いや、もういいよそういうの。本当よくできたAIだな。とにかく、お前が言わないなら、颯太のためにも俺が皆に言うからな」

「おいおい、大丈夫かよー。最近忙しそうだしな。そろそろ飲みに行くか?」

「……身体のないお前がどうやって飲むって言うんだ。もうよしてくれ」

自分で言って涙が込み上げてきたので、慌てて僕は電話を切った。

-翌日

「この間はドタキャンしちゃってごめん。次は俺が幹事やるよ。来月の5日とかみんな予定どう?」AI颯太からグループへLINEがあった。

予定だけ合わせて、期待させて、どうせまた当日ドタキャンするに決まっている。あいつには身体がないんだ。

「いいねー。私空いてるよ」
「俺もー」
「じゃぁいつもの店に19時で」

このタイミングで僕が本当のことを言うべきだろうか。
とはいえ、この状況でそんなこと言って心配されるのは恐らく僕の方だ。
次あいつがドタキャンした時が皆に伝えるタイミングだ。
そして僕も飲み会に参加表明をして、時を待った。

いつもの焼き鳥屋に僕が着く頃、柚華と拓也は既に店の前にいた。
「おー久しぶり」
「って言っても前会ったばっかか」
なんていつも通り会話をしながら、あと1分で集合時間。
颯太が来ないことは僕だけが知っている。
「どうせ来ないから先に店入ろう」
と僕は言った。

「あ、来たよー」
柚華が無邪気にそう言って、指を指す。
その方向に、颯太がいた。
僕は鼓動が高まり、血の気が引いた。

目を擦り、頬を叩き、首を振って、正気を取り戻そうとした。
颯太が近づくにつれ、顔も背丈も服装も、疑える余地がなく、颯太だった。
僕は衝撃と共に、偽物があいつを振る舞っていることに、怒りが湧いてきた。ミラーセルフAIをアンドロイドにインストールしたのではないかと仮定し、不自然な挙動がないか全身をくまなく注視した。

「よーみんな、久しぶり」
颯太はあっけらかんと笑った。
「本当久しぶりだなー颯太」
拓也は颯太の肩を叩く。

「あ」
と僕はつい声をあげた。
触れれば流石にアンドロイドだとバレると思ったからだ。

「どうした?」
と拓也は僕を見る。何も気づいていない。
精巧なシリコンの樹脂でできているのだろうか。
しかしおかしい。匂いまで颯太の香りだ。

幼稚園の頃に共にサッカーをしていた頃から変わらない颯太的香りが、もしかしてあいつは本当は死んでいなくて、生きていたのではないか。そんな疑念が浮かび始めていた。

「おーい、悟、大丈夫?」
柚華が僕を心配して顔を覗き込む。
「あ、あぁ大丈夫」
僕らは店に入って、いつも通り生を頼み、乾杯し、飲んだ。
飲めるのか、アンドロイド……と思いつつ、颯太の一挙手一投足を観察する。

「おいおい、お前俺のことを見つめすぎだろ? 好きなのか?」
颯太は豪快に笑って皆もつられて笑う。
唾まで飛んできた。このテンション、声の大きさ、飲み方、全てが颯太のままだった。

ああ、これはもう僕が間違っていたんだ。颯太は生きていた。僕はずっとあいつのことを疑って、勝手に悲しんで……親友を信じきれなかった自分の情けなさと、颯太が生きていた嬉しさで、僕は笑いながらちょっと泣いた。

ブチっ

突然目の前が真っ暗になる。
ぼんやりと見える、見慣れた天井。
窓の外から聞こえる雨音。
耳裏に繋がれた電極。
ベッドの感触。
病院の匂い。

「落雷により、停電が起こりました。一時的なものですので、皆さん安心してください」

拡声器を使ったナースの声が、廊下から聞こえてくる。
「停電……」と僕は呟いた。

自分の声が、高野豆腐を水で戻すみたいに、じんわりと乾いた意識を膨らませ、現実の認識をし始める。こっちが現実らしい、と本能らしき何かが腹から脳に告げる。

脳は勝手に記憶を整理し始める。
ここは身近な人の死を前に精神を病んだ患者のグリーフケア施設。
東京都大田区蒲田、3丁目2番地10号「ハイライト」

[fin.]


#雨ことば三千世界

梅雨のあいだ、雨が降るたび毎日、約3千字の”雨のことば”を題材にした小説を書き続けています。
雨に関連することばは「雨のことば辞典」を参照に「あ」から五十音順に1つずつランダムに選び、雨が降っている間に即興で書き上げます。
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