★それぞれが確かめ、求め。⑤ー2

 その目は、私にはわからない、今まで見たことない。子どもにはわからない、って男の言葉が突き刺さるような、何とも言えない目だった。
 私はやっぱり子どもなんだ。そして、目の前にいるのは男なんだって怖さがさっきから離れない。

「…き、聞いてるの私なんだけど」
 強気な姿勢は変えないまま、でも勇気を出して口から言葉を出した。
「うん、そうだよね、、」
 また、男は弱気な顔になった。なんだろう、最初に会った時は、まだ生意気だったのに、今は少し可哀想にも思えてきた。
 色んな感情が私の中に渦巻いて、整理できない。
「ほら、なんかアピールしてよっ」
 こいつは、私が持ち上げてやんないと、テンション高くならないから。仕方なく言ってやった。
 でも、男はずっと暗くて、私のノリにのってこなかった。
「ごめん、俺がいなければ…」

 私には、正直男が今何を考えているかわからない。嬉しくないの?なんで、こんな空気になるの?私の苦手な時間。
 謝るなら最初からするなって、言いたかったけど、怖くなった。
 この展開は何?ヤバいような気もする。私は勇気を出して決断して、それを確かめるために、また勇気出して、頑張ったのに。

「娘ちゃんも悩ませずに済んだのにな…」



 ドクンッ



 ――まさか、ここで諦めるの?終わりなの?私が家に来たから?私が気づいちゃったから?言い過ぎたから?私がいけないの?
 私はただ、確かめたかっただけで。
 あれ。何を?何を確かめたかったんだっけ?思い出してはすぐに忘れる。

 私がいけないの…?悪いのは私なの?
 早く話してよ。早くなんか言えって。言ってよ。今日は明るく面接して確かめて終わるはずだった。今日を最後にしようと思ったから。だから私は全力で。それなのに、どうしていいかわからない。

「俺、ダメだな…」
 マズイ。マズイ展開だ。このままだと、、、。
 
 でも、本当にマズイ展開なの?もう、どの道が正解かわかんない。不倫はいけないことなのに。いけないことなのに。

「え、娘ちゃん?」


 でも、お父さんは嫌だ。でも、こいつだって父親になればどうなるかわかんない。男なんだから。友達の目も気になるし。クラスでいじめられたらやだし。でもお父さんは嫌だ。でも、お父さんがいなくなるのもなんか寂しい。でも、怖い。
 でも、こいつが幸せにしてくれるかなんてわかんない。でも、お父さんと出かけて楽しかった思い出もある。でも、お父さんがいなくなったら、私はどこに住むの?家はどうなるの?ここに住むの?引っ越すの?友達とはお別れなの?不倫したからお別れになるの?今を続けたいならお父さんじゃなきゃダメなのかな。わかんない。わかんない。わかんないって。
 わかんないって。
 未来が見えない。不安でしかない。好きで結婚したんじゃないの?わかんない。大人、わかんない。

 お母さんも、こいつと住んだら性格変わるのかな。わかんないよ。

 
 もう確かめるの疲れた。

 うん、そうだ。


「…お母さんと二人がいい」
 ポロっとこぼれた言葉。うん。そうだ。

「お母さんと、二人で暮らしたい…」
 ポロっとこぼれた涙。うん。そうだ。そうだ。

「でも、不安。学校でいじめらないか、父の日とか」
「うん。そうだよね」
 お前に言われたくないんだよっ。
「あんたに言われたくないっ」
「うん…。ごめん」
「お父さんは嫌だ、怖い…。帰ってきて欲しくない…」


「でも、お母さんに何もしないなら、お父さんでもいい…。わかんない」
「うん…」

「アピールしてよ。してくれないと、どうしていいかわかんないっ」

「私の父親になるんじゃないのっ」

「アピール出来ないよ…」
「してよっ!」
 確かなのは、部屋中に広がるじゃがバターの香り。それ以外はもう、わかんない。
 だったら、最初からっ…。怒りが込みあがる。でも、言えない。ぶつけられない。
「だって、私には決められないじゃんっ。あんたが父親になるかなんて」
 私に選ぶ権利なんかない。
「あるよ、選べるよっ」
 男が急いで喋った。まるで、私をフォローするかのよう。嘘つけっ!
「選べないでしょ!」
「由奈さんは娘ちゃんの意見を必ず大事にするよ。そういう人だと思ってる」
「お母さんからあんたを紹介されてどうするわけ?そんなもん、父親になる前提で進んでるんじゃないの?何回あんたに会ったら、父親として認められるの?会えば会うほど、答えを出さなきゃってプレッシャーになるだけじゃん!んで、仕方なくオッケー出して、…私に選ぶ権利なんかない!二人の中で答えは出来てるから!」
「ま、待って。俺だってまだ由奈さんの気持ちはわからないよっ」
 わかってる。こいつも悩んでること。ちゃんと悩んでるってこと。


 お互い急に何も言わなくなった。私は、自分がこいつの前で泣いていることの恥ずかしさに気づいて、変なとこで黙った。男が話さない理由はわからない。
 あーあ。泣いちゃった。こいつの前で。悔しいし、バカみたい。私だけが一生懸命みたいで。――ううん、男も一生懸命なのはわかってる。でも、それを言葉でアピールしてほしい。ただそれだけなのに、どうしてしてくれないの。


「あのね、娘ちゃん…」
 男が話し始めた。言葉の先に、どんな言葉が続くのか怖い。
「俺ね、由奈さんと会うの今度で最後にしようと思うんだ」

「え、なんでよ!!!!」
 嘘でしょ。やめてよ。思わず、声が出た。

 いや、これでいい?元に戻るだけだから。


「娘ちゃんの気持ち、嬉しいよ。一生懸命考えてくれてありがとう。悩ませたことはごめんだけど…。ほんと、いつも俺の背中を押してくれたのは、由奈さんと娘ちゃんだよ」

 そんな言葉が聞きたいんじゃない。

「って言っても、これって不倫だから、俺には発言の権利なんてないけど…。俺、父親になったことないから、娘ちゃんの父親になれるかは正直わからない。それでも、友達でもいい。知り合いでもいい。娘ちゃんと何かしらの関係になりたい。赤の他人じゃない、何かになりたい。俺、娘ちゃんに突っ込み入れられるの嫌いじゃないんだ。娘ちゃんが一生懸命になってくれて、それが伝わるほど、「急がなきゃ。もう戻れない引き返せない」って焦るんじゃなくて、「由奈さんと娘ちゃんと暮らしてみたいな」って思うんだ。なんか賑やかそだなーって。俺は明るい未来が思い浮かぶよ。もちろん、娘ちゃんの学校とかの不安も、少しずつ解決出来ることはしていかないといけない。やることが沢山ある。良いことも悪いことも」

 …。

「今必要なのは、由奈さんの気持ち。だから、今度由奈さんに俺の気持ちを伝えるよ。それで最後にする。あんまり、長引かせてもよくないし。あとは、由奈さん次第。由奈さんが、娘ちゃんに相談してもいいし、アプリを消してもいいし」

 確かに、お母さんの気持ちがわからない以上、二人で何度話しても未来は見えない。

「あ、俺と会ってることは内緒にしようね。由奈さんのことだから、きっと知ったら傷ついちゃうと思うから…」
「…うん」
 やっと、言葉が出た。

「不倫はダメだけど、「出会えてよかった」って思うんだ。由奈さんにも、娘ちゃんにも…。ごめんね」


 また、沈黙。

「…何て言うの?結婚してくださいってプロポーズするの?」
 もう言葉が出ないや。くだらない、興味のない質問。
「えっ!!!やっぱり、プロポーズするべき!?重くない!?」
「え、知らないよっ。なんて言うのか気になっただけ」
「まぁ、でも、プロポーズになるのかな。うーん。何かあったら、いやなくても俺は登場するからって。俺、頑張るからって。あとは、ごめん…かな…」
「え、何が言いたいの??」
「いや、ほらやっぱり、大人の話だから色々複雑で…。由奈さん一人に全て押し付けないよって意味。一緒にやっていくよって」
「でた!また大人って!私を子ども扱いして!」
「え、あ、いや、ごめんっ。でもそこは娘ちゃん知らなくていいんだよ。そこまで一生懸命にならなくていいんだ」
「なんじゃそりゃ」
「うん、なんじゃそりゃでいいんだ。大人がしなくちゃいけないことだから。そこは子どもでいた方がいい」
 なんか、嫌な気持ちが薄らいだ。うん、なんとなくわかるような気持ちがする。私が子ども目線で色んな不安とかがあるように、大人には大人なりの不安とか、あと、大人だから、責任とかありそう。


 でも、

「無理だと思う」
 と私は言った。いっぱいいっぱいで思いつかなかった。「お母さんの気持ち」で思いついたこと。
「お父さんに言えないと思う。お母さん」
 その言葉に、男も納得したような、不安になったような表情を見せた。
「お母さんの気持ちなんて、私の気持ちなんて、そもそもあの家にはない」
 そうだ。だから、私とこの男がどれだけ頑張っても、お母さんの気持ちが固まっても、お父さんの気持ちは変えられない。 
 お母さん、お父さんに何て言うんだろう。今まで考えたことなかった、いや、考えないようにしてた?
「無理だと思う」
 私は男にもう一度言った。
 また泣きそうになった。そうだよ、全部無意味だ。わかってたはずなのに、なんだろ、期待しちゃったのかな。
 だけど、なのに、


「そんなことない」


 男が私に言った。

「俺は、由奈さんと娘ちゃんを一人にしない。由奈さんが何も言わなければ、何も出来ないけど。でも、さっきも言ったけど、由奈さんに全てを押し付けない。その気持ちはちゃんと由奈さんに伝える」
「無理だよ」
「わかなんないよ」
 何、この立場逆転みたいな。なんで、こいつに励まされないといけないんだ。
「あんた、お父さんを知らないじゃん」
「…うん」
「お母さんがお父さんに別れたいなんて言ったら、どうなるか、怖い」
「それは、…それは。俺も立ち会うし、…。娘ちゃんは考えなくて大丈夫。気持ちはすごくわかるよ。怖いのも分かる。別れるって、一日で終わることじゃないし…。でも、そこは俺が頑張るから、心配しないで」
 男は一呼吸した。
「でも、まぁ、全ては由奈さんの気持ち次第なんだよね。俺、振られると思うな…」
「え、諦めるなよ!」
「だって、俺は不倫相手だし。子どもが出来ない体だから…」
「関係ないだろ!」

 何を言ってるんだろ自分は。
 思い通りにいかない展開ばかりで、本当の気持ちがわからない。決心しては揺らいで、消えて、わからなくなる。未来が見えない。

 確かなことは、もう一つある。
 それは時間は平等に流れているということ。

「帰らなくちゃ」
 結局、何のためにここに来たのかわからない。でも、もう確かめるのは疲れた。あとは、大人だけの話だから。
 思い通りにいかないな。こんな終わり方じゃなかったのに。
 これで、こんなんで、私の登場は終わりなのか。もっと、違うやり方があったのかな。
「駅まで…」
「いらない。ここでいい」
 残ったのはじゃがバターと、変な空気だけ。希望にもなれない空気。不安しか残らない空気。

 それでも急いで帰らないといけない。現実は待ってくれないから。

「あ、娘ちゃん!」
 靴を履いていると、後ろから声がした。どんな最後にしよう。どんな言葉をかける?どんな表情になればいい?結局、振り返られなった。
 ドアノブを回す。さっき、ドアが開いたときはワクワクしたのに。今は、何も変わらない現実に迎え入れられたような、そんな気分。
 さよなら。心の中で呟く。もう会うことないだろうな。

「次会う時は」

 男の声が聞こえる。


「初めましてだからっ」

 その言葉に思わず、一度だけ振り返った。閉まるドアの隙間から、男の顔が見えた。
 そして、

「またね」
 と、最後に小さく聞こえた。

 なんなの。最後の最後に、あんな顔をして。最初から、アピールしろっての。次なんかないだろ。
 でも、沢山言ったな、私。あいつよりも、私の方が沢山言った。泣いたのはマヂで嫌だったな。
 聞いてくれてありがとう。って、思える。元々はあいつのせいなんだけどさ。不倫相手にあんなに話すなんて思わなかった。でも、まだ、父親としては認めないんだから。
 あ、お母さんと最後に会うのいつなんだろ。聞くの忘れた。


 ――帰ろう。帰らなくちゃ。お母さんが待ってる。お父さんも帰ってくる。


~続く~
 
 


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