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夜のキッチンで、ワインを一杯

もうずっと、平日の夫は帰りが遅い。
月に数回、今日みたいに出張の日もある。


夜。怒涛の一日をなんとか乗り越え、息子を寝かしつけて、しんとしたリビングに戻った瞬間。私はいつも、その散らかり様に呆然とする。

絵本、積み木、人形や、ボールや、ありとあらゆるオモチャというオモチャが、部屋中に、というか廊下や洗面所や玄関にまで、飛び散っているのだ。

棚にあったはずの本や書類はぽいぽいと放り出され、サプリや薬をまとめているプラスチックケースは丸ごと床にぶちまけられている。

缶詰たちは積み木に混じり、実家から送られてきた箱入りみかんは、ボールのようにあちこち転がっている。
夫がせっかくまとめてくれた段ボールや厚紙類も、やすやすと解かれ、冷蔵庫の足元にばらけている。

ーー夫がいてくれたら。

すべてを一旦見ないことにして、私はそっと冷蔵庫の扉を開ける。
飲みかけの安い白ワインを取り出し、保存栓をプシュッと開ける。
それを小さなグラス(夫の献血100回記念に、日本赤十字社から贈られたものだ)に、ほんの半分ほど注ぐ。

ーーいま、もし夫が帰ってきてくれたら、この惨状に頬をほころばせ、「息子くんも成長したね」と嬉しそうに言ってくれるのだろうけれど。

ワインをひと口、口に含むと、苦いような酸っぱいような葡萄の渋みが喉を洗った。
500円のワインと2000円のワインだと、味も香りも違うことが、もうわかるようになってしまった。このワインは600円で、やっぱり値段相応だと偉そうに思う。

もうひと口をぐいぐいと飲み、グラスを一旦コンロ脇に置く。息子が散らかしたものを嬉しそうに片付けてくれる夫は、今日はいないのだ。


私は自動的にシンクに向かい、最近重宝しているゴム手袋をはめてスポンジを持つ。息子の夕食の残骸、タッパーや鍋やストローマグを、片端から洗う。

私は洗い物が嫌いじゃない。無心になれるし、必ず明確に終わるところがいい。


洗い物を終えると、またワインを一口ぐいと飲み、そばに広がった段ボールをまとめ直す。みかんを拾い、缶詰を拾う。

私はお酒に強くないので、たった3口ほどでも少しずつ頭がふわふわしてくる。つまり、このどうしようもないルーティンをこなすのに、ちょうどいい感じになってくる。

みかん箱に入っていた積み木を手にリビングに向かう。積み木を木箱に並べながら、絵本を一箇所に集めて並べる。
棚の本や書類も戻す。なるべくキツキツに、容易には取り出せないように。

本の下から発見された茶漉しをキッチンに戻し(息子は最近、気に入ったものをラッコの貝のように両手に持って部屋じゅうを移動するので、思わぬものが思わぬ場所にある)、キッチンの端に残っていたボールを拾う。

ワインをまたひと口飲んでテーブルを拭き、おむつを補充し、保湿剤を拾い集めてバッグに仕舞う。


6ヶ月で授乳を完全ミルクに切り替えてから、以前は飲まなかったお酒を少しずつ飲むようになった。

ワインを真空状態で保管し、酸化を防いでくれるというバキュバンの保存栓は、産後、夫がプレゼントしてくれたものだ。

3%のほろよい缶でも1本飲むと酔いすぎる私が、「ワインをほんの少しだけ飲みたい」と言ったところ、喜んでその場で買ってくれた。酒飲みの夫は、たまに私が一緒に飲むと嬉しそうにする。

そんな気取ったものを使わなくても、きっと何もわからないと思っていたけれど、確かに保存栓を使わないと、お酒が少しずつ薬のような味になっていく気がする。

夫は一緒に「絶対に失敗しない」というコルクスクリューも買ってくれた。
こちらの使用頻度はぐんと少ない(1000円以下のワインは、大抵ボトルキャップ型だ)けれど、二度ほど使ったときには、確かに開けやすそうだった。


一通り片づいた部屋を眺めて、グラスを片手に、定位置のいすに腰掛ける。

その日の息子の動画や写真を見返して、いいものを選び、夫に送る。グラスの残りをくいくいと飲む。

本を読んだり、noteを書いたりするなら、ワインより断然コーヒーを淹れたほうがいい。
空いた時間があるなら、仕事や資格の勉強をする方が有意義だ。
読もうと思っている育児本も借りてある。

だけどいまは少しだけ、そういうのじゃない贅沢が欲しいのだ。

ワインは、甘くなくて、銘柄ごとに味も香りも違うところがいい。飲むまでどんなものなのかわからないので、新しいのを開けるときはワクワクするところも。

仕事に役立つでも、将来活かすでもないけれど、ひとりの時間に、ひとりでワクワクふわふわするのも、悪くないかなと思っている。


このゴム手袋、冬の手荒れにおすすめです。指先はしっかりしていて、ごわつかずにさらさら、進化してるなあと思いました。

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