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【読書感想】モヤモヤした日常を吹き飛ばす、三浦しをん3年ぶりの青春群像小説

1.『エレジーは流れない』三浦しをん

出版社:双葉社
発売日:2021/4/21
サイズ:単行本
カテゴリー:青春、学園
評価:★★★★☆

本作は、『格闘するものに〇』でデビューし、『舟を編む』や『まほろ駅前多田便利軒』などで有名な三浦しをんさんの約3年ぶりの新作小説である。

海と山で囲まれた餅湯町を舞台に、のんびりした日々を暮らす高校生たちが、様々な出来事を通して人生について考えていくという物語で、三浦しをんさん独特のユーモアなタッチで描かれている。

「エレジー」とは「哀しい歌」という意味であるが、餅湯町にエレジーは似合わない。
そういう意味での「エレジーは流れない」というタイトルになっている。

2.あらすじ

海と山に囲まれた餅湯温泉。団体旅行客で賑わっていたかつての面影はとうにない。のどかでさびれた温泉街に暮らす高校生の怜は、複雑な家庭の事情や、進路の選択、自由奔放な仲間たちに振り回されながら、悩み多き日々を送っていた。今日も学校の屋上で同級生4人と仲良く弁当を食べていたら、地元の「餅湯博物館」から縄文式土器が盗まれたとのニュースが入り──

3.登場人物

4.見どころ

本作の見どころは以下の3つが挙げられる。

①餅湯町の珍名所
②餅湯町の温かくて自由奔放な人々
③笑いあり、涙あり

①餅湯町の珍名所

本作の舞台である餅湯町には、珍妙にして滑稽な名所がたくさんある。

・餅湯商店街
主人公・怜の家が営む「お土産 ほづみ」を始め、丸山家の「喫茶ぱらいそ」、竜人の家の「佐藤干物店」などが軒を連ねる商店街。
「もっちもっち、もちゆ~♪ もちゆおーんせーん~」という間の抜けたテーマソングが流れる。

・餅湯城
餅湯町のシンボル的存在であるコンクリート製の「ニセ城」。中にはさびれた博物館がある。

・餅湯神社
餅湯神社の大祭は「暴れ祭り」とも呼ばれる。餅湯町と、隣の元湯町を代表して二つの神輿が町内を練り歩き、最後には神輿を海に放り込むという、のどかな温泉街にふさわしからぬお祭り。

・夫婦岩
餅湯町の数少ない観光スポットのひとつ。岩が一つしかないのに夫婦岩と呼ばれる。春夏は、夫婦岩を望む海岸沿いは恋人たちの逢引の場となり、カップルが等間隔に並ぶ。

このような少し可笑しい珍名所を有する餅湯町を、主人公たちが自転車で走り回ったり、話しながら歩いたりしながら物語は進んでいく。

②餅湯町の温かくて自由奔放な人々

そのような少し変な餅湯町に住む人々もどこか変わっていて、それでいて親しみを感じられる人たちばかりである。

登場人物の中でも、私は主人公の友人である心平が好きだ。
サッカー部で運動ができて、顔も悪くない。その上妹にも優しいという性格の持ち主であるが、野性味が溢れすぎて女子に全くモテないのである。
そんなの聞いたことない笑
声が大きい、成績悪い、学校ではひたすら睡眠学習の心平だが、自分に素直で友達思いでほんとにただの良い奴。
カンチョーで指折ったけど私は心平が好きだ。

③笑いあり、涙あり

そんな餅湯町で暮らす愉快な人々の周りで様々な出来事が起こっていくが、笑いあり、涙ありの連続で、私の感情は揺さぶられまくった。

高校生たちの自由な学校生活や主人公と寿絵のやり取り、心平と竜人のおかしな一挙手一投足など、大笑いはしないものの、私の心を十分に和ませてくれた。

主人公にはなぜ母親が2人いるのか、将来の夢や目標は何なのか、など少しシリアスなテーマもある本作であるが、そこには悲しみの涙ではなく、温かさによる涙があった。それは本作のエッセンスが凝縮された涙でもあった。

5.印象に残ったフレーズ

愉快痛快な青春小説である本作は、その一方で人生について、人間関係について考えさせてくれるフレーズがいくつもあった。

「ふつう」はひとつではなく、いろいろな種類があることこそがふつうなのだと、子どもながらに感じた。
                    怜(p.4)
怜にとって身近な人々はもっと根幹の部分でたしかに生きていた。自由だ、とも言い換えられるかもしれない。
                   怜(p.42)
世界を敵味方に分類して考えるひとは、孤独かもしれないがさびしくはないだろう。だれかとわかりあいたい、一緒にいたいと願わないなら、さびしさだって生じようがない。
                   怜(p.63)
心が、つまり脳みそがあるかぎり、ここではないどこかを思い描き、けれど完全な自由を手にすることはできないものなのか。
                   怜(p.94)
どれだけの知恵と力と金を手に入れても、心があるかぎり、たぶんだれしもが、ときにたじろぎ、みっともなく慌てふためき、弱気になってしまうものなのだろう。
                   怜(p.156)
迷惑のかけあいが、だれかを生かし、幸せにすることだってありえる。
                   怜(p.232)

人間にはみんな悩みがある。
様々なライフステージの人が様々なことに頭を悩ませている。
それは知恵と力と金を持つ人にも言えることであり、それらを望むのはお門違いである。
その上で、人間が悩みを抱えながら生きていくには周りの人の助けが必要なのであり、迷惑もかけていいのである、という主張が本書の通奏低音となっている。

6.最後に

本作は、人生に悩んでいる人、なにか悩みを抱えている人、青春を思い出してみたい人、など色んな人にオススメ出来る作品だと思う。

本作を読んで、餅湯町の自由奔放な人々の温かさを感じ、静かに笑い、自分の抱えている悩みなど忘れて、この生温い温泉という名の作品に浸かってみてはいかがでしょうか♨️



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