見出し画像

生きづらさを愛と光へ!NO.11 中2の娘の不登校と、90歳の義母の認知症。

同じ家の中で、90歳の義母の介護と、14歳の中2の娘の不登校にも向き合う私。

にも、と言うのは、その他にもやっていること、今からやり進めていることがあるからだ。

ちなみに娘は、1月に2度学校へ行っただけで、2月は1度も行けていないので、随分制服姿を見ていない。

これからのことで私は勉強やら何やらとやりたくても、気持ちが1番大切で、なかなか、進まず、弟や他の方におんぶにだっこの状態で、本当にごめんなさい状態なのである。

そんな中、昨日まさかの、90歳の義母の口から、こんな言葉が飛び出した。

「今年は温泉行かんやったね〜」

リビングに夫、キッチンに私が立っていた。
ちなみに対面キッチンであるが。

ソファに座っていた義母、その近くにいた夫。

私は1度目、聞こえないふりをした。

夫も人の話をよく聞いてないことは、しょっちゅうなので、聞こえないふりをしていても、スルーされる。

そう思った義母は同じ言葉を私に向け話した。

「今年は温泉行かんやったね〜」

温泉と言っても、糖尿病か悪化してから、バルーンカテーテルの尿パックをつけている義母は、その時点で大浴場には行かなくなったので、いつからか、温泉に行っても、部屋に付いているお風呂に入れるくらいだった。

しかし、客室のお風呂もそこそこ深く、お風呂に入れたのは、1、2度だったと思う。

お風呂から立ち上がらせるのに2人掛かりで大変だったから、それっきりになった。

昨年の10月、義母は元々9年前に右足の大腿骨を骨折して、人工骨頭を入れている側の足だったのだけれど、骨折の疑いで、3週間入院し、その流れで、もうこれで、年末年始の温泉旅行も無理だね、と言う話になっていた。

そりゃ何歳でも温泉に行くのは良いだろうけど、私たちは、もう義母の口から、そんなことは言ってこないだろうと、勝手に想像していた。

義母は、私たちが、老人ホームの予約を実は、義母の入院中に申し込んだとはつゆ知らず。

テレビで足湯を見て、温泉を連想した義母、本当はまだ頭の中大丈夫なのかも?
いやどうだろう…

ほぼ9年間私が、義母の介護に携わってきて、スタートからゴールに向け、今はゴールに近づいているのだとすると、義母の状態は、スタート時はスタートらしく、ゴール時はゴールらしくと、変化したのは間違いない。

温泉へ行き出したのは、もうすぐ26歳になる長男がまだ赤ちゃんの頃だった。

初めは義父、義母、夫、私、そして赤ちゃんだった長男。

それから、私の実父、祖母、弟も加わり、家族も増え、約一年に一度の割合で温泉へこれまで行ってきた。
それも楽しい思い出の一つである。

だけれど、今の状態で温泉?
というのが、私たち、家族の思いである。


温泉へ行かなかったね、と言う返事に、去年入院してたやん、予約とか早くとらんと取れんとよ、とうまく返したが、その後夫と少し話をした。


この状態では難しいよね。
90歳なら、家でゆっくりで良くない?

と言うか、老人ホームの予約で、空きましたと言ってきた時に入らないと、次のタイミングはなく、家でずっと看れるのかと言われれば恐らく無理であるからと、私たちは思っているが、義母との思いのギャップに思い悩む。
いや、悩みはあるが悩んでいないのだったな…

ただ介護だけしていて良い時代ではない。
何かしらやらないと、生きていけない時代、私自身の人生を振り返り、これから先も考えた時、介護で私の一生が終わるなんてことはあってはならない。

そのために少しづつ少しづつ進んでいる。
それがうまく行く行かないは別問題で、ここで初めて、やるかやらないかである。

今まで、やるかやらないかの意味は、薄っぺらくしか理解していなかった。
しかし、今だからこそ、分かる言葉であるし、やるの方向に進み、その場に立っている。

義母の認知症が進み、昨日病院の先生に、こっそり相談しに行って、色々なことを考えて、とりあえず気分を落ち着かせるという漢方薬を処方していただいた。

そうしないと、ショートステイも、デイケアも利用できなくなる可能性が出てきたからである。

家では、うちの山に、ライオンがいるとか、夜中にショートステイ先の職員が来て見ていた、とか、壁にたくさん顔が見えるだの、電気の傘のところに藁を敷き詰められただの、夜中に起こされ怒られることもあれば、自分がトイレに間に合わない時に、色々な暴言も吐かれた私。
他にも色々あるがここでは書けません。

まあ、私もなんだかんだ天然なところもあるなとここ最近自分で自分の分析をしているが、義母は、ショートステイ先やデイケアでも暴言を吐いたりしているのである。

それによって、お年寄りさんが、部屋の隅の方で泣かれてたり、色々他にもある。

最後まで私たちも看るのが無理だから、老人ホームに入って。と言い方、ニュアンスは少し違っても、その流れに促すのは紛れもなく、実の息子である、夫の役目であると思う。

この状態でそれを言い出すのはとても辛いし、言いにくいことで、これを言ったらこう来ると言うのが大方想像がつくだけに、どうするかな〜と思うところである。

色々な方に相談はしてきたが、不登校の娘のためにも、老人ホームにと思うところであるが、こんな時にケアマネを頼って、うまく話してもらうのよと、聞いたとしても、結局は、私たち家族の問題であって、ケアマネ(他人)にどこまで頼れるかにもあるなと思う。

急に老人ホームとなると段階的に良くないなら、徐々に、ショートステイを増やすなり、というふうに変えていくかだなって、今書きながら気持ちがまとまってきた。

そう言うことだよね。

娘との女子会も3回ほどで終わっているので、また、やらないとね、と考えてはいる。

心と体はひとつだから、気持ちがあって、動ける、これが痛いほど分かるなぁとしみじみ…

物事は少しづつしか動かない、だけれど急展開することもある。

私は私の人生の道を歩いているのだから、それを忘れてはいけない。

愛と光の方向へ。


今日も最後までお読みいただき、心よりありがとうございます^ ^



この記事が参加している募集

おじいちゃんおばあちゃんへ

これからの家族のかたち

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?