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ハンバーグとエビフライ 

昨日は、ぼくの感じたお茶屋さんの文化や歴史への畏敬と、ただただ感服するばかりの仕組みについて綴ってみた。
とはいえ、それは後になって調べ知ったことばかりで、かじった程度にも及ばない浅い知識に過ぎない。
それでは体験としてどうだったかといえば、やはりそれとこれとは別で、ぼくには楽しむまでの余裕はなかった。行き慣れない立派なホテルへ行ったときと同じように、不自然な動きになりそうな緊張を覚える。

それにしても先述した同世代の彼は、はじめてのお茶屋さん体験とは思えないほど堂々としていた。まるで常連の若旦那かと見まごうほどの図太さで、借りてきた猫となったぼくは彼を羨望の思いで見ていた。
こればかりは、お酒を飲める、飲めない以前に性格の違いだから仕方がないけれど、せっかくぼくらを喜ばせようと連れて行ってくださった方に申し訳ない気持ちになる。やはりこういった場所は苦手だ。

話が逸れに逸れたけれど、そんなぼくが三國さん、西澤さんご夫妻にお茶屋さんへ連れて行っていただいたときの話に戻る。

お店へ入ると奇遇にも「祇園 さゝ木」のご主人、佐々木さんがお客さんとしておられた。三國さん、西澤さんご夫妻とは旧知の仲である。
こういったお酒の席が苦手なため、ただでさえ何となく居辛さを感じるのにこの顔ぶれとは。ぼくがノンアルコールで悪酔いしないか不安になる。

お酒も入り、みなさんがとても陽気な雰囲気の中、緊張で落ち着かないぼくは例によって借りものの猫になろうとしたそのとき、三國さんがこう言われた。

「佐々木さん、彼はね、ぼくも忘れているような昔のことを全部覚えているんですよ。もう、ミクニマニアですよ(笑)」

おおおお!

なんて光栄で名誉な称号をぼくは授けられたのだろう。三國さんのドキュメンタリーを観ていて本当に良かったと心の底から思った。
その後も大人同士の話題に入れないぼくに何かと声をかけてくださる。

「飲めないなら何か食べなよ」

そう言われるものの、ぼくが遠慮気味にしていると「じゃあ」と、三國さんが注文をされた。
お茶屋さんでは、料理を作られることがない。仕出し文化があるので食事などをする場合には、女将さんが電話をしてUberのように配達をしてもらうことになる。

しばらくすると料理が届き、女将さんがカウンターに置かれたのは、ちゃんとしたお皿にのったハンバーグとエビフライだった。この記事のヘッダー画像のようにセットになったものでなく、それぞれが単品の2皿で、どちらも結構なボリュームがある。
ぼくは思いのほかしっかりと作られていた料理を見つめながら、女将さんが贔屓にされている洋食屋さんの仕出しかなぁと、ぼんやり考えていた。
そして三國さんが「どっちにする?」あるいは「ぼくは、こっちを食べるから」と声をかけてもらえるのを待った。

「西山さん、食べな、食べな」

えっ・・・

「飲めないんだから、どんどん食べなよ」

どうやら2皿ともぼくの分らしい。一瞬、怯みはしたものの三國さんのご厚意と思い、ぼくは他の人の目も気にせずパクパクと食べた。

「食べてる?もっと食べなきゃ」

それは普通の洋食だけれど、「三國さんにご馳走してもらったハンバーグとエビフライ」は、ぼくには普通のものより何倍も美味しかった。
これを書いていても目頭が熱くなる。

東京へ行って以来、ぼくはいろんな業界の一流や著名な方と知り合うことができた。そしてその方たちは、おしなべて気さくで心遣いのできる人たちだった。
ぼくにとって、これが一番の気づきや学びだったとさえ思う。職種柄もあるだろうけれど、中でも特にそれを感じた三國さんは、周りの人の機微がわかる方に違いない。

田舎の高校生だったぼくがテレビを通して知った三國さんは、その時点で既にスターシェフだった。その方がお酒の飲めないぼくに、これだけのお気遣いをいただいたのには特別の感慨がある。
また、同じ時代に生きてご一緒できたことを本当に幸せだと思う。

そんな三國さんは、とても粋で控えめに言っても最高な方だった。



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