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日真名氏とびだす

「写されたらあかん、隠れろ!」と叫びながら、畳に向かって頭から飛び込んで顔を畳にこすりつける。これが、『日真名氏とびだす』をテレビで見る時の私たちの儀式だった。

その頃、我が家にはまだテレビが無く、兄の同級生である田中君の家まで、テレビを見せて貰いに行っていた。私がまだ幼稚園か小学一年の頃だったから、昭和三十一年から三十二年の時期に当たる。西暦でいえば一九五六年から一九五七年にかけての話である。

 『日真名氏とびだす』というのは、当時テレビ放映されていたサスペンスドラマである。日真名進介(ひまなしんすけ)というカメラマンと、その助手である泡手大作(あわてだいさく)のコンビが探偵となって毎回事件を解決してゆくのである。

ドラマが始まるやいなや、いきなり泡手大作がカメラのフラッシュを焚くと同時に、テレビ画面から眩しい光がこちらに向かって飛んでくる。よけろ!カメラに写されたら犯人にされてしまう!顔を隠せ!ということで、冒頭に書いた儀式となったのである。カメラのフラッシュが光る直前のタイミングで、畳にダイビングするのがミソである。早すぎても遅すぎてもいけない。
儀式には隣の大村三兄弟、やすみちゃん、けんちゃん、みきおも参加していた。みきおだけ私より年下だったので、「ちゃん」を付けずにみきおと呼んでいた。

少なくとも、私、大村三兄弟、そして田中君の合計五人の子供が、田中家のテレビの前に座り込み、『日真名氏とびだす』が始まって画面が光ると、全員が一斉に畳に頭から飛び込んでいたのである。

その後、ついに我が家にもテレビが床の間に鎮座するようになった。家族全員で『日真名氏とびだす』を見た最初の日、さっそくあの儀式を両親の前でやって見せた。残念なことに、あの時父と母がどんな反応をしたのか、どうしても想い出せない。おまけに兄も、田中君の家で私と一緒にこの儀式をした覚えがないというのだ。

大村三兄弟とともに

 (詩集『月のピラミッド』第3章「日真名氏飛び出す」より)


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