手紙3

【拝啓 私】私は孤独なんだと落ち込んでいた時の私へ《◎永久保存版◎》【手紙note】

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拝啓 私へ

お元気ですか?

これを見ている私は、いつの時代の私ですか?

どの私でもいいから、見てくれてる事を願って書きますね。



今の私が生きている時代での大きなニュースは、

『世界No.1サッカープレイヤーであるリオネル・メッシ、「毎日より上手くなりたいと思っている」』

というもの。

これを読んでる私は、

世界のサッカー選手には詳しくなかったかな?

もし名前だけでも聞いたことあったら、

「リオネル・メッシ」で検索してみて。

とんでもない結果を残してる人だから!


なぜ今回この話題を持ってきたかというと、

「自分以外の誰かに勝つとかそういうことじゃなくて、自分に勝った人間は強い」

ということを言いたいから。

彼は記者の質問に対し

「僕の主な目標は成長を続けることと、僕がしたこと、勝ち取ったこと、達成したことに満足しないことですね。毎日より上手くなりたいと思っているし、多くの目標を達成して、より多くのタイトルを獲得したい。僕は僕自身が非常に競争力のある人だと考えている。僕はすべてのことに勝つことが好きで、負けることは全く好きではないんだ」

と語っている。

スポーツってなんでもそうだと思うけど、

「自分の体を使って最大限の能力を発揮して結果を出す」もの。

自分の現在の筋力や体力・瞬発力や走力など、

ありとあらゆるが自ら持つ特性を熟知してトレーニングをしている。

強みは活かして弱点は克服する。

その為には強みも弱点も把握しておかないと、

それに合わせた対処はできないよね。


これはスポーツ選手に限った事じゃないと思うんだ。

自分が何を思いやすくて、

何を感じやすいか。

どういう状況になった時に、

どんなことを反射的にしやすかったり考えやすかったりするのか。

こういったことを自分自身が理解してないと、

スポーツ選手で言う本番の試合に向けて練習することができないよね。

でも人生はずっと本番だ。

練習する暇はないかもしれないけど、

本番の中で磨いていくかなくちゃならない。

でも何を磨いて何を克服すべきかを把握することって、

普段してないよね?

毎日生きていくことで必死だから、

振り返って自分がどんな能力を持っているのかを、

的確に把握することってする時間をとってこなかったと思うんだ。

そういう発想すら持たなかったかもしれない。

「自分の能力探し」の話はまたいつかすることにしよう。

これを読んだ今からの毎日は、

自分の特徴を知ることに意識して生活してみて。

きっと自分のちゃんと気付いてあげられてなかった自分に出会えるはずだよ。



さて、今の私の話はここまで。

これから本題に入っていこうね。

今日私が伝えたい事、

それは【私は孤独なんだと落ち込んでいた】ことについて。



どんなに人が周りに居ても、

心が孤独感を感じることってあるよね。

独りになりたいわけじゃないのに、

どんなに強がっても淋しさを払拭できない時、

自分ではどうしようも出来なくて叫びたくなる。



どうですか?

孤独感を生み出してしまう原因は突き止められましたか?

孤独感から抜け出す方法は見つけることができましたか?

今、生きてて良かったと思えていますか?

正直言うとね、

今の私はその原因も方法も解りました。

もしこれを読んでいるいつの時代かの私が、

自分は孤独なんだと落ち込んでしまっていたら、

これを見て一つの参考にしてもらえると嬉しいです。



原因はね、

結論から言うと「全部私自身が作り上げてしまっていた」ってことになる。

なんで!?って思うよね。

でもこれが真実なんだ。

心外だと思うかもしれないけど、

きちんと説明していくね。



人間の感情のメカニズムはとてもシンプルなんだ。

何か心が動く「出来事」や「発想」によって、

何とも思っていなかった(普通の心の状態)ことに対して【思い方が変化】する。

これだけのこと。


・好きな人が出来た「出来事」から、その人のことを意識していなかったのに意識するようになった【思い方の 変化】

・嫌なことがあった「出来事」から、同じような出来事が起こると気持ち悪くなったり逃げ出したくなったりお腹が痛くなったりする【思い方の変化】

・簡単なダイエット方法を知った「発想」から、自分の体型を見返した時に痩せたいと思ったから試してみようと思った【思い方の変化】

すべてのことがこれに当てはめることができる。



人には必ず、

【感情パターン】があるんだ。



これは行動にも当てはまる。

まず解りやすい【行動パターン】から説明していくとね、


・ドアが空いていることが気になってしまう人は、気になりだしたら止まらなからわざわざ閉めに行く。

・シャンプーの詰替を使って満タンになっている場合でも、常にないと気になるから詰替をもう買いに行く。

この2つだけ例を挙げても行動はパターン化してるよね。



これってさ、

意識的にひとつひとつの動きを自分に意思で「こうするぞ」って決めてやってないよね?

そう。

全て無意識的にやってしまっていることなんだ。

生活の中で「○○の状態が心地良い」という無意識で作っちゃった、

「自分ルール」に基づいた行動パターン。

これによって私の生活の中での行動がすべて展開されていると言っていいと思う。

『無意識で決めた自分の心地良い状態を維持する為のルール』

これが【行動パターン】のメカニズム



じゃあ本題の【感情パターン】の話に戻すね。

例を挙げると、

・大きな声を出してる人を前にすると、怖い・威圧的な人だと感じる。

・並んでいる時に横入りする人を前にすると、不愉快・自分勝手な人だと思う。

何かの決まった対象や出来事を前にすると、

決まって感じたり思って出てきてしまう感情がある。

◎お父さん・お母さんに対しての「この人は基本こういう人だ」と思うことによって出る感情。

◎「この先生はわたしにとってこういう人だ」という思いから出てくる感情。

◎ある決まった場所に行くと「ここで以前に○○な思いしたなぁ…」と思うことで出る感情。

『私から見た(感じた)対象に対して、ある感情が決まって出てきてしまう』

これが【感情パターン】のメカニズム



でもこの【感情パターン】には実はとんでもない弱点があるんだ。

それはね、

「私が見ている対象に対する印象は、

自分が一番目立って見えてしまうある一部分だけを

その人の全部の人間性だと思って決めつけてしまい、

それは思い込みから作り上げたただの妄想であり、

真実ではない。」

ということ。


もしこれを読んでいる私に対して、

普段人前で見せている私の一部が「あなたの人間性の全てだ」と決めつけられたらどうだろう?

好きな人の前でいい人で居ようと頑張っている私を標準だと思われたら、

ずっと肩に力を緩めることができなくなるから、

いつか疲れ果てて破綻していまう日が来るかも知れない。

強烈に落ち込むことがあって、

その時偶然初めて会った人に、

この人暗い性格の人なんだなって勝手に決めつけられたらどう思うだろう?

人は無意識で、

「この人は私にとってこういう人だから、こういう私で居よう」

と無意識で決めてしまっている。

真実ではない、

全てではない、

一部分だけ抜き取って見た個性をその人(私)だと感情パターンで思ってしまい、

私(相手)は自分の言動パターンをそれを軸に決めてしまっている。

私はこれに気が付いた時は、

私がどんな扱いや思われ方をされていて、

どんな見方や対応をしてしまっていたんだろうって、

本気で落ち込んだ。

だってさ、

真実じゃないものを

これだって決めつけた者同士のコミュニケーションなんて

上手くいくわけ無いじゃん・・・?

私や相手が違う一面を出してしまった時に、

「そんな人じゃないと思ってた」なんて言って勝手に幻滅し、されるちゃうんだよ・・・?

耐えられるそんなこと、

してしまう私も嫌だし、

される私でも在りたくないじゃん・・・?



だから私は自分をちゃんとさらけ出すことに決めた。

ちょっとずつでも私の嫌な部分も知ってもらっていなきゃ、

勝手に思い込まれて決めつけられるのだけは嫌だから。

それで嫌われるのなら、

無理して一緒にいてもらった方が辛い時間を長く過ごす事になるから。


でも逆のこともちゃんとしてるよ。

相手のこともちゃんと決めつけずに、

その時その時出してくれてる私に対しての個性は、

その人の一部なんだから、

人のことを簡単に決めつけなくなった。


私の前で怒りっぽい人で怖いなって思う人だって、

好きな人の前ではきっとデレデレすることだってあるじゃない?


私に対して優しくしてくれる人でも、

一人になった時に辛くて泣いている一面だってあると思う。


私は自分の意識できてる範囲の全ては、

なるべく隠さず出すように今はしてるよ。

同時に相手にも出してねって言うようにしてる。

本当に意味でのコミュニケーションをすると、

今迄以上に仲良くなることが増えたよ。

同時に合わない人とは疎遠になっていったけど、

それはそれでいいと思ってる。

だって友人知人含めて全員と等しく仲良くするなんて無理じゃん?

私の友達が、

疎遠になった人と友達であったら、

繋がりが消えることはないから。

全員が私と直接的に繋がっていないといけないって考えを、

心のどこかでしちゃってたことにも気が付いたから、

それもやめちゃった。

そうしたらだいぶ生きやすくなったよ。



私ははじめに、

孤独を感じてしまう原因は、

「全部私自身が作り上げてしまっていた」って言ったよね?

自分が孤独感を生み出してしまう原因は、

【感情パターン】がそれを作ってしまっているってことなんだ。

「私は孤独なんだ」という【思い方の変化】を、

強烈に無意識に植え付けてしまった「出来事」が過去にあったはずだよ。



でもそれもきっと私自身の思い込みなんじゃないかな?

孤独なことなんてないと思う。

孤独だと決めつけてしまってない?

私の周りには本当に誰も居ないかなぁ?

私の思い込みによって、

私との関係性を決めつけてしまった人の中に

相手が自分とは違う関係性だと思ってくれてる人の存在が居ないかな?


「どうせ思い込みの勘違いで私以外を見てしまってたなら、

逆説的に私の理想を重ねてもっと妄想的に思い込んで捉えて、

尚且つ勘違いして決めつけないように本質を見ることも探究する。

現実と理想的妄想世界を同時に存在させつつ使い分けると、

人生もっと自分好みに彩れるんじゃないかな。」

この言葉を頭の片隅にでも是非。



ひとつだけ付け加えると、

こう考えてみたらどうかな?

私って、

誰から生まれただろう。

両親だよね。

両親もまた、

それぞれの両親から生まれた。

元を辿れば人間って進化する前は、

猿だったり、

その前は両生類だったりするわけじゃん?

両生類は元は魚類であって、

魚類はもっと小さな生き物。

小さな生き物は元々生き物ですらなかった無機物で、

全てが海から生まれた。

海はは最初から地球にあったわけじゃなくて、

植物の光合成によって大気が・・・


あぁなんか面倒な話になってきたね。

要するにさ、

生物学的に考えると、

地球上にあるものは、

進化の過程は違えど、

全て地球から生まれた異母兄弟なんだよねって話。

人工物もその素は自然物を加工して作られているよね。

そう考えると、

私の目の前にある全てのものが、

私と同じ祖先から生まれたものなんだって見方もできない?

動物だって、

無機物だって、

人間でさえも

地球から見たら自然の一部なんだよ。

そう考えたら、

少しは目に見える世界が愛おしく見えてこない?

私は独りじゃないって思えてこないかな?



これを読んだ私の心が、

少しでも自由と自分らしさを大切にして生きられますように。



                         敬具


過去の手紙noteはこちらのポストに溜めて置いてます。




追伸

そうそう、

これを読んでる私やその知人友人に

「今回の話解りにくいからもっと解りやすく書いてる人居ない」って居る?

もし居たらこれ読むと参考になると思うから載せておくね。

解りやすいかは解らないけど、

違う角度から書いてるから是非見てみて。

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