見出し画像

ノスタルジー

「いつ行っても黄昏時の街」


「いつ行っても黄昏時の街」は過去、現在、未来の何れでもなく、時間の無い街。浮世の旅を終えると誰しもこの街に暫く居て、それ迄の自分を振り返り彼の世へと旅立つ。

彼の世での精算を終えて再び浮世へと生まれ変わる前にも立ち寄り、準備万端整えて旅立って行くが、新たに生まれ行く時代も未来とは限らない。気懸りな心があれば過去へも生まれ行く。

何しろこの街には時間がないので、様々な時代の様々な人種の人々が静かに行きかう。十二単衣姿の平安美人が白い布を体に巻きつけた古代ギリシャの
イケメンと親しく語り合い、頭巾を被った江戸時代の爺様がモコモコヘアーでピチピチタイツ姿のフランス人貴族に、お茶を振る舞いながらそれぞれの歩んできた人生を語り合っている。

マンモスに乗ってやって来たネアンデルタール人が見上げる太古の様な空は、黄昏時のまま時間の止まった絵画のようで街並みも色々な時代の雰囲気を持っている。見た事も無い樹木や西洋風石畳みに和風家屋など、此処では皆んなそれぞれの記憶のイメージが具現化され幻の様に現れている…

それが「いつ行っても黄昏時の街」なのである。

「思い出屋さん」

この街のひっそりした路地裏に「思い出屋さん」と言う古い看板を掲げたお店がある。

暫くこの街で様々な人々と思い出話に花を咲かせた後、彼の世へと旅立つ時には必ずこの店に立ち寄り、自分の一生分の記憶と思い出を買い取ってもらわなければいけない。しかし全て売り払った後でも微かな痕跡は残るので次の浮世での行動基準となる。

なお本屋の様に、売りに来たついでに陳列された他人の思い出冊子を手に取り、パラパラ眺めるのは人情というものだろう。その時眺めた誰かの思い出も知らずのうちに魂に痕跡として微かに刻まれるので、無意識の底に同じ痕跡を持つ者同士が次世に出会うと、どこか懐かしく思ったりするらしい。

人によっては、ついつい興味深く引き込まれて数日通い詰めたりするるらしいが、そんな人はきっと次の浮世では知り合いがとても多い人になるんじゃないだろうか。

なお売却代金は記憶の内容の良し悪しで決まるらしく、それが彼の世でのランク付けになりランクごとに義務活動が有るらしいから、良い思い出を沢山持っていた方が良い。善悪はもちろん喜怒哀楽が均等なバランスを保っているかどうかも大切だそうだ。

「古ぼけたアルバム」

~思い出屋さんの店主が話しかけてきた~

思い出の買取ですね?さあ、見せてもらいましょう!何をキョロキョロしてるんですか?貴方の胸ポケットの中に束になった写真があるでしょう!それが貴方の生きた証ですよ…

~そう言いながら店主は棚から古ぼけたアルバムを取り出した~

これが貴方専用のアルバムです。今まで何度もこの街へ来る度ごとに買い取らせていただいた貴方の思い出の記憶ですよ。この街は時間がありませんからね、一つ一つの人生が終わって来店するのもあっという間なので、貴方とも顔見知りです。もっともそんな事お忘れでしょうがね…

フムフム…いつもながら良い思い出写真ですね~!どうですかご自分で見て、驚くでしょう?忘れていた思い出、忘れようとしていた思い出…どれもこのアルバムに貼っていくと記憶が無くなって行きます。いつまでも記憶を引きずっていては前に進めませんからねぇ!なんなら他の誰かのアルバムも見ていらっしゃい…

そうだ!今日は特別に貴方のかつての思い出をお見せしましょう!これは貴方が生まれ変わる度ごとに買い取ってきた思い出写真ですよ!

~突然店主はいたずらっぽい笑みを浮かべて私の古ぼけたアルバムをめくっていくと、全く忘れていた私の前世、前々世…の物語が始まった~

「琥珀色の哀しみ」

どこの国で何をやってた時の写真だ?…最初は分からなかったが徐々に思い出して来た。フランスかどっかの国で戦時中レジスタンス運動をしていた時の写真だ!良くは思い出せないが確か…同志で花売り娘に身を隠した「ヴィジーレイク」と言う名の女の子と語り合っていた時のものだ

そうだ!ヴィジーはゲシュタポに捕まり、逃げきれずに私の目の前で撃たれて死んだのだった。群衆に紛れていた私を見つけた彼女の瞳は、強く私に訴えかけて来た。「このまま、知らない振りをしていて!貴方は私の最期を見届けるの、そして私の分まで目的を遂行するのよ!…」

助けたいのに助けられない…あの時の気持ちを胸にその後も活動を続け、やがて願いが叶った後も何故だか虚しさだけが残り続けた一生だった。そういえば彼女は今回の浮世では女性上司として再会したんだっけ。しかし彼女に対しては相変わらず虚しさだけが残る間柄だったな…

~思い出した途端に写真がスッと消えて行った~

店主は言った「スッキリしたでしょう?どんな写真だったかもう覚えていないませんね!そうです、過去の思い出の綾なす縁を認識したら、その記憶は痕跡も含めて綺麗サッパリ無くなります。今迄の貴方の行動基準に影響を与えていた出来事と人物はもう貴方の魂には無関係になります」

「何だか淋しいですね」と私が答えると店主は「いえ、魂が自由になる!ということです。今度その女性と出会った時は、真っ白な気持ちで対することが出来るでしょう…」

写真が消えて空白になったアルバムのページを見つめる私に店主は言った。「全ての過去ページの写真を消して行くのが、人としての魂に刻まれた無意識なる願いなんですよ!だから私は機が熟したと思われる人に声を掛けて、その人に古ぼけたアルバムを見せてあげるのですよ…

「ペリーの黒船」

私はアルバムの最後のページを見て驚いた!何と私はあの「ペリー」だったではないですか!思い出しましたよ。全て分かりましたよ!

………………………………………………………

私(ペリー)は何故か東洋へ船出したくてしょうがなかった。日本への派遣は色々な経緯で決まったものだが、まだ見ぬ日本を思って何故だかワクワクしてしていたし、旗艦の「サスケハナ」という名前にも親しみを感じていた。

私達、黒船一行は途中立ち寄った琉球へ上陸したのだが、海辺に居た漁師の子供であろうか?波打ち際に佇ずむ兄妹を見たとたんに私(ペリー)は全てを理解しました。

私はペリーとして生まれる前は、この国で侍をしていたのだった。その時の子供たちが「サスケ」と「ハナ」だった。私は家族を置いて合戦場へと派遣され、残念ながら命を落とす事になるが、薄れゆく意識の中でまだ幼いサスケとハナに一言伝えたいと思った「夢を見ろよ!夢を」と。そしてもっと一緒に居たかったな…と思いながら侍としての一生を終えたのだった。

私(ペリー)は全てが浄化されていくようで、暫く涙ぐむ眼差しで二人を眺めていました。香港から同行した通訳の「東走進」に二人の名前を尋ねさせた所やはり、「サスケ」と「ハナ」という名前だった事にそれ程驚きはしませんでした。

やがて琉球を後に本土へ向かい幕府との折衝も終わり帰路に就いたが、もう一度どうしても二人に会いたくて再度、琉球に立ち寄りました。その時も海辺に二人は居たのだが、慣れて来たのか私を見ても驚かず微かな笑みを浮かべていた。

私はどうにも我慢が出来ず二人に駆け寄り抱きしめた。兄妹は驚いて泣きじゃくっていたが、私は通訳を通して言った「今は幸せか?ご飯はちゃんと食べているか?夢を見るんだぞ、夢を…」

〜無意識に流れた涙で我に返った「思い出屋さん」に居る私は、全て消えて白紙になったアルバムを閉じた〜

十分だ、もう十分に生きた。色々な物語が綾なし交差した魂の旅路はこれでお終いだ、とても楽しかった!浮世の旅もまんざら捨てたもんじゃないな!そう思いながら思い出屋さんを後にしました。

「エピローグ」

思い出と記憶の痕跡を全て消し去った私は、もう生まれ変わる事は無い。この街の住人となり、此処を訪れる人達の世話役になります!

そして「ノスタルジー」の本当の意味を語って行きたい。ノスタルジーっていうのは時空を超えた物語を懐かしむと同時に精算して行く事だ!と言う事を

此処に来る人達はみんな笑顔、泣いてる人も笑ってる。もと居た時代の大変だった苦しみや悲しみもこの街から眺めれば全て大笑い!

泣いて笑って気が済めば皆それぞれの時代へまた旅立って行く、この街に記憶を置いてその痕跡だけを胸に…

繰り返し…繰り返し…永遠に…永遠に…

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?