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〈水調歌頭〉 出会いと別れ、喜びと悲しみ… 【心を癒す蘇軾のレジリエンス その2】

胸にポッカリ穴が開いてしまったよう…。

春は、出会いと別れの季節。
新しい季節が来て、大切な人と離れ離れになり、寂しい思いをしている人もいると思います。

人生における、出会いと別れ、喜びと悲しみ。
それを昔の人々はどのように感じていたのか。

今回は、この点について、とても素敵な蘇軾の詩を紹介したいと思います。

なお、今回も、翻訳や感想は個人の解釈によるものです。勝手に書いておいて申し訳ないのですが、正確な意味や解釈は、専門書等で調べていただくことを強くお勧めします。

1.新法・旧法の争いと蘇軾

前回紹介した通り、超難関の科挙試験に極めて優秀な成績で合格し、華々しい人生のスタートを切った蘇軾。順調に官僚としての道を歩みます。

そんな蘇軾にも、少しずつ時代の大きなうねりが押し寄せてきます。宋王朝は、建国から100年が経ち、徐々に制度疲労を起こし始めてくるのです。

宋王朝は、士大夫と呼ばれる官僚による統治が行われた時代でした。科挙を通じた人材登用と行政運営が機能することで、武力や血族などに左右されにくい文治政治を実現していました。

優秀な官僚の政策の下、技術革新が進み、生産力が向上します。これにより経済発展が進み、貨幣経済が浸透し、それが更に流通を促進し、経済を発展させるという好循環が生まれます。

しかし、一方で、文人による統治を進めた結果、周辺国との戦争には連敗。軍隊の維持と戦後の賠償のために支出が増えます。更に、官僚機構はどんどん肥大し、形ばかりの役職や登用が増え、人件費の支出も増大。宋王朝は慢性的な財政難に陥ります。

そんな中、1067年に6代目皇帝となる神宗が即位します。
若き皇帝・神宗は、こうした宋王朝が抱える課題を解決しようと、王安石を抜擢し、制度改革に乗り出します。王安石は期待に応え、次々に斬新な新制度を断行し、財政は徐々に改善されます。

※王安石の新法については、こちらもご覧ください

しかし、一方で、王安石が強引に進める新法の改革で、変化についていけない人々も現れます。特に、既得権益で富を蓄積してきた富裕階層にとっては心穏やかではいられません。士大夫はこのような富裕階層を出身母体とする人が多かったことから、官僚の中に王安石の新法派に反対する旧法派が生まれます。

そして、蘇軾は、この旧法派に属していました。
ただ、蘇軾は、急激な改革のしわ寄せが社会的弱者に向かっている現状を目の当たりにし、改革の中身というよりも、急ぎ過ぎるのではなく、実情に合わせて実行するべきだ…という意見だったようです。

しかし、いずれにせよ、蘇軾は王安石とも対立します。そして、首都開封を離れ、地方官を歴任しながら、詩の創作に励み、時に詩の中で政策批判を行う生活を始めるのです。

2.水調歌頭

今回紹介するのは、そんな蘇軾が密州(山東省諸城県)の知事を務めていた頃の詩です。1076年、蘇軾40歳の頃です。

shuǐ diào gē tóu
水 调 歌 头     苏轼 〔宋代〕

míng yuè jǐ shí yǒu,bǎ jiǔ wèn qīng tiān 。
明 月 几 时 有 ,把 酒 问 青 天 。
(明るく照らす月はいつからそこにあるのだろう…?
 酒の入った盃を手に、澄み切った空に向かって問いかけてみた。)

bù zhī tiān shàng gōng què ,jīn xī shì hé nián ?
不 知 天 上 宫 阙 ,今 夕 是 何 年 ? 
(月に栄えるという天上の宮殿では、
 そもそも今宵は何回目の中秋節になるのだろうか?)

wǒ yù chéng fēng guī qù ,yòu kǒng qióng lóu yù yǔ,gāo chù bù shèng hán 。
我 欲 乘 风 归 去 ,又 恐 琼 楼 玉 宇,高 处 不 胜 寒 。 
(月を見ていると、風に乗って、あの月へ帰ってみたい気もする。
 けれど、玉石の宮殿はあまりに高いところにあるというので、
 きっとその寒さに耐えられないだろう。)

qǐ wǔ nòng qīng yǐng ,hé sì zài rén jiān !  
起 舞 弄 清 影 ,何 似 在 人 间 ! 
(せめて月の光が映し出した自分の影と戯れていよう…。
 こうしていると、人間の世界も悪くない。)

zhuǎn zhū gé ,dī qǐ hù ,zhào wú mián 。 
转 朱 阁 ,低 绮 户 , 照 无 眠 。  
(月は、朱く塗られた楼閣の上をゆっくり移動していく。
 飾り窓の隙間から月明かりがさし込んできて、
 眠らずに月夜を楽しむ人たちを明るく照らしている。)

bù yīng yǒu hèn ,hé shì cháng xiàng bié shí yuán ?  
不 应 有 恨 ,何 事 长 向 别 时 圆 ?
(恨み言を言っても仕方がない事なのだけれど、
 あなたと長く会えず、心に穴が開いたように感じる時に限って、
 月は却ってきれいな満月なんだよな…。)

rén yǒu bēi huān lí hé ,yuè yǒu yīn qíng yuán quē,cǐ shì gǔ nán quán 。
人 有 悲 欢 离 合 ,月 有 阴 晴 圆 缺,此 事 古 难 全 。
(人には出会いと別れ、喜びと悲しみがあって、
 月には満ち欠け、晴れと曇りががある。
 古来、こればかりは思い通りにすることが出来ない。)

dàn yuàn rén cháng jiǔ ,qiān lǐ gòng chán juān 。
但 愿 人 长 久 , 千 里 共 婵 娟 。
(だから、せめて、どうかいつまでも元気でいてください。
 遠く離れていても、同じ月を見て、同じ時を過ごしていたいから…。)

この詩は、中秋の名月を詠った詩です。

この時代、中秋節には、月見をしながら宴を開いていたのですが、この時、密州の知事として地方官をしていた蘇軾は、同じく河南で地方官として働いていた最愛の弟・蘇轍と離れ離れになっていました。丸く輝く満月は、家庭円満の象徴です。そのため、満月を見上げ、弟のことを思い詠んだ詩になります。

ただ、前半の天上の宮殿に思いを馳せるところは、少し政治的な臭いも感じます。皇帝がいる首都・開封に戻りたいような…、しかし、戻ると新法派との争いで神経を擦り減らすことになり、それは心が寒くて耐えられないような…。今の政治に色々と思うところはあるけれど、結局今の生活で満足だ。そんな蘇軾の心の動きを素直に表現しているように感じます。

この頃、蘇軾は地方官として転々としながら、このような詩を精力的に創作していました。そして、この詩で「人有悲歓離合」と詠っていた蘇軾は、皮肉なことに、この数年後にそれまで経験したこともないような別れや絶望に見舞われることになるのです。


しかし、それはともかくとして、この詩は、一つの文学作品としてみても非常に味わい深く、多くの人の共感を呼んでいます。

特に、大切な人と離れ離れになっている人には、この詩と気持ちが重なる部分があるのではないでしょうか。

現代になると、テレサテンがこの詩をそのまま使った『但愿人长久』という楽曲を歌い大人気になりました。更に、それを後にフェイウォン(王菲)がカバーをし、それも大ヒットとなりました。

このようなことから、この蘇軾の「水調歌頭」は、現在でも非常に知名度が高く、誰でも知っている人気の詩になっています。

※とても良い曲なので、よかったらぜひ一度聴いてみてください。個人的にはフェイウォン版が好きです。

3.感想(出会いと別れ、喜びと悲しみ)

この詩で心を鷲掴みにされるのは、なんと言っても、最後の2行の部分です。

 人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此事古難全。
 但願人長久,千里共嬋娟。

蘇軾が、この詩を詠んだのは、今から約1000年前です。
その1000年前の人物が、「人の出会いや別れ、喜びや悲しみ」は「古来、思い通りにならない」と首を横に振っているのです。

そして、この詩が、その後、1000年の時間を経て、中国や日本でも愛されてきたということは、その後の1000年の間でも、「出会いや別れ、喜びや悲しみ」は、やはり誰も思い通りにできなかったということでしょう。

したがって、我々がこの詩に触れる時、既に数千年の重みを背負って「出会いや別れ、喜びや悲しみ」を、人々がどうにかしようとして、結果どうしようもできなかったことを学ぶのです。

これは、とても暖かい言葉だと思います。

誰の人生にも、出会いや別れはつきものです。月を見上げて思い浮かべる大切な人が一人二人はいるでしょう。そこで湧き起こる悲しさ、寂しさ、切なさ、やるせなさ…。

もしかしたら、その時、あなたは孤独を感じているかもしれません。大切な人と過ごした大切な時間は、自分の中に残された大切な思い出。それが自分にとってどれほど大切か、他の人には簡単に理解できるようなものではない…。

しかし、孤独な気持ちに至った経緯はあなただけのものかもしれませんが、孤独な気持ちになってしまったのはあなただけではありません。
少なくとも、同じように月を見上げて孤独な気持ちになった人が人類の歴史上、それこそ無数に存在してきて、そして、皆そんな悲しい気持ちが思い通りにならないと首を横に振ってきたのです。

そう思うと、少し気持ちが軽くなるようです。

人類史上、誰にもどうしようもできなかったことだから、あなたが寂しい気持ちをコントロールすることができなくても当たり前。蘇軾は、そう優しく語りかけてくるようです。

そう、それなら、せめて大切な相手には、いつまでも元気でいてほしい。
寂しい気持ちになったとしても、せめて、いつまでも同じ月の下、同じ時間を過ごす喜びだけは感じていたい…。

気持ちがスーッと入ってきます。
まるで、1000年前に生きた蘇軾と会話しているようです。

いや、面白い。そして、素晴らしい。

さらに同時に、この1000年間、一人で月を見上げていた膨大な数の人々が、この蘇軾の詩に支えられ、勇気づけられてきただろうことに思い至るのです。

社会は変わるし、生活も変化する。でも、人の感性は何も変わらない。
そんなことを、この詩は教えてくれます。

これこそが、優れた文学作品の持つ力なのですね…。

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