「まほうのどうぐやさん」
まほうのどうぐやさんは、商店街の一番はしっこにあります。
小さくて、ぼろぼろで、いつも電気はついていません。
タロウくんは、通るたんびに「ここはやってないのかなあ?」とふしぎでした。
あるとき、タロウくんはお母さんと夜ごはんを食べにレストランへ行きました。
家の近くなので、手をつないで歩いて行きました。
タロウくんはハンバーグ、お母さんはステーキを食べ、帰る頃には、外はすっかり暗くなっていました。
商店街を歩きながら、タロウくんは言いました。
「おいしかったね!また行きたいな!」
「デザートの苺パフェも最高だったわね」
そう言いながら歩いていると、ふといつも暗いはずの「まほうのどうぐてん」に、灯りがついているのが見えました。
タロウくんは、おどろきました。
「お母さん!あの店灯りがついてるよ!」
「本当ね。いつも怪しいと思っていたけど、夜だけやっているお店なのね」
二人がお店の前に着くと、ぼろぼろのドアに「かいてん中」と札がかかっていました。
タロウくんはお母さんに頼みました。
「入ってみようよ!お母さん」
「そうね、たしかに気になるわ。ちょっとだけ覗いてみようかしら」
ドアを開けると、きいっと音がしました。
途端に「イラッシャイマセー」と変な声。
見上げると、ドアの上に小さなロボットが腰かけています。
「イラッシャイマセー。早くドアをお閉めください。風が冷たいデス。虫が入りマス」
「あ、すみません」
お母さんが慌ててドアを閉めました。
中はがらんとしていて、物はあんまりありません。
台に商品がいくつか置かれ、奥にレジが見えました。
レジには、おばあさんが座っていました。
おばあさんはにたりと笑って、言いました。
「いらっしゃいませ。
好きに見てってくださいまし」
タロウくんは、商品を見ました。
商品は4つしかありません。
順番に見てみることにしました。
1つ目は、テレビでした。
大きなテレビですが、コードもリモコンもありません。真っ黒で、四角いだけの箱です。
「そちらは、まほうのテレビでございます。好きなものが好きなだけ見れるテレビでございますよ」
「えっ!?好きなだけ!?」
タロウは飛びつきました。
「YouTubeも見放題だ!めちゃくちゃいいね!買おうよお母さん」
「ほんとねえ、お母さんの好きな風くんも見れるわねえ!
おいくらですか?」
お母さんが興奮気味にたずねました。
「100‥万円でございます」
「「100万円!?」」
むりむりむり、とお母さんは言いました。
テレビに100万円なんて、うちは使えない。
タロウくんも、さすがにそれは高いとわかったので諦めることにしました。
次の商品は、お皿でした。
真っ白なまあるいお皿の3枚セット。
特に模様もない、シンプルなお皿でした。
おばあさんが言いました。
「そちらは、まほうのお皿でございます。材料を乗せて布をかけ、開くとお料理ができるのでございます」
「えええええ!?料理しなくてもいいのお!?」
タロウくんより先に、お母さんが飛びつきました。
「欲しい!お母さんこれ欲しいわ!おいくらですか!?」
タロウくんは嫌な予感がしました。
「3枚セットなので、300万円でございます」
やっぱり。
タロウくんは、そんな気がしたと思いました。
「まほうのどうぐてん」は値段が高いんだ。
お母さんはそれでも欲しそうでしたが、色々考えたのち、がっくり諦めました。
次の商品は、ドアでした。
小さな小さなドアで、家で待っている弟のジローがやっと通れるくらいの大きさでした。
色はピンクでかわいいのですが、なんだかボロボロでガタついていました。
「これは、もしかして?」
「はい。そちらはどこでもドアでございます。行きたいところにどこへでもつながる、まほうのドアでございます」
ドラえもんの!?
タロウくんは、ドキドキしました。
まさか!本物があるなんて。
でも、こんなに小さくて通れるでしょうか。
試しにくぐろうとしてみると、なんとか入れそうな感じがしました。
でも、お母さんはどうでしょう。
「タロウ‥!お母さんにはこれ無理だわ。きっと家で待ってるお父さんは、もっと無理よ!」
ちなみに値段は‥。
タロウくんがそう聞く前に、おばあさんはサッと答えました。
「そのドアは500万円でございます」
あー、やっぱりな。
タロウくんは買えない物ばかりで、ガックリと肩を落としました。
あと一つの商品も、きっと高いのでしょう。
ちら、と4つ目を見ると、それはまあ本当に美しい「布団」でした。
「そちらは、まほうの布団でございます。これで眠ると、体も心もうんと休まる最高のお布団でございますよ」
タロウくんとお母さんは、布団を見てうっとりしました。
なんて、ふわふわな布団なのでしょう。
白くてふわふわで柔らかそう。
これで寝たら、ものすごく気持ちいいだろうなあ、とタロウくんは思いました。
「これも高いんでしょうね」
お母さんが、寂しそうに言いました。
「そちらは、1000‥‥‥‥‥円でございます」
え?せんえん???
「はい。そちらのお布団は1000円でございます」
「え!?安い!!」
タロウくんは叫びました。
タロウくんでもわかるくらい、他のものよりずっと安いのです。
お母さんも驚いて聞き返しました。
「どうしてそんなに安いんです?そのへんのお店より安いですよ!?」
おばあさんはそれには答えません。
でも、タロウくんとお母さんはすぐに買うことに決めました。
お母さんが千円を払うと、おばあさんは布団を袋に入れてくれました。
お店を出ようとドアを開けると、またドアの上のロボットが「アリガウゴザイマシター」と喋りました。
「またくるね」
タロウくんがそう言うと、ロボットは「モウクンナー」と意地悪なことを言いました。
タロウくんは、あっかんべーをして、お店を出ました。
外はさっきよりもっと暗くなっており、月と星がよく見えました。
「お父さんとジローが待ってるね、帰ろう!」
「布団で寝るの、楽しみね!」
タロウくんは、お母さんと手をつないで家に帰りました。
家に帰ると、お父さんとジローに「まほうのどうぐてん」のことを話してあげました。
お父さんは驚いて、ジローは布団に喜びました。
みんなすぐにお風呂に入って、パジャマに着替え、床に布団を敷いてみました。
白く美しいお布団が、ふわんと床に広がりました。
「うわあ!気持ちよさそうだね!」
「これが千円なんて、驚いたわよね」
タロウくんとお母さんが話していると、お父さんが声をあげました。
「おい、こっち見てみな。おもしろいことが書いてあるよ」
お父さんは、タグを見ていました。
なになに?とタロウくんが近寄りました。
「布団の材料は、【雲】だって!」
「雲ー!?あの空に浮かぶ雲ってこと?」
ええーすごい!
でもたしかにそれなら、こんなにふわふわなのも納得です。
お父さんが笑って言いました。
「じゃあ今夜は雲の上で眠るのかあ。嬉しいなあ、夢みたいだ」
明日は休み。ゆっくり寝られます。
お父さんとお母さんと、タロウくんとジローは、四人で雲の布団に並んで眠りました。
その夜は、本当に本当によく眠れました。
誰もがぐっすり静かに眠り、朝どころか昼近くまで、気持ちよーく眠ることができたのでした。
ところが。
ようやく起きたお父さんが、「ありゃ?」と声をあげました。
その声で、タロウくんもジローもお母さんも目が覚めました。
「おいおいおい、みんな、布団はどこ行ったんだ?」
「え?布団はここに‥あれえ?ない!」
おかしいのです。
昨日の夜、たしかに4人は白い雲の布団を敷いて寝たはずだったのに、それがどこにもないのです。
4人は、床の上で寝ていました。
布団は部屋のどこにも、家のどこにも見当たりません。
「えー、消えちゃったの?‥あ!一回限りだから千円だったってこと?いやーん、騙されたわ」
お母さんが、悔しそうな声で言いました。
でも、よく考えたらあのお店で一つだけ安かったのがおかしかったのです。
お父さんも、まあまあいいじゃない、とお母さんを慰めました。
「布団、どこに行ったんだろうね」
「雲になって、飛んでいっちゃったんじゃない?」
「まっさかあ!」
みんなでそう言いながら立ち上がると、なんだか体が軽くていい気分です。
天気も良さそうだし、遅めの朝ごはんにしましょう、とお母さんが言いました。
タロウくんは窓の外を見ました。
よく晴れた青い空の真ん中に、ぽっかりと浮かぶ白い布団が見えました。
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