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【詩・ショート】毒親 ~カバキコマチグモに寄せて ~

誰にも頼んだ覚えなどない

こんなこと

目の前で母さんが小さくなっていく

飢えと渇きで悲しむ暇もない

生んでくれと言った覚えもない

兄弟姉妹たちの阿鼻叫喚と母さんを啜る音とが
奇妙な和音を奏でている

外敵が来たようだ

母さんは僕らには目もくれず眼前の敵を歯牙にかけた

僕らは敵に気を取られる暇もなく母さんを貪っている

お腹の中で、母さんの闘気と愛と温もりを感じる

地獄というやつがいるのなら今この時を差し置いて他はないだろう

なぜ生まれてきてしまったのか

どんどん萎んでいく母親の姿とは反対に

僕らの意識は次第にクリアに、広く、覚醒していく

最初は何の物体だったのかさえわからず

食えるかどうかもわからないのに噛みつき

その皮を喰らいスープを口に運ぶごとに

優しい気持ちと恋しさが胸に募ってきた

"それ"が自分たちを生んだ存在だと気づいたころには

すでに母さんの目から光は消えていたように思う

一言だけでも声を交わしたかった

一度だけでも抱きしめてほしかった

骸になった母親の姿に一瞥をくれ

兄弟姉妹は次々と旅立ってゆく

何のためにこれから生き延びてゆくのか…

だけど、体の中から「生きて」という声が聞えてくる気がする

そして僕も他の兄弟姉妹と同じように

その場所から飛び立った

そして、今、目の前に「君」がいる

もう一度言いたい

誰かに頼んだ覚えなどない

生んでくれと

願ったことは一度もない

やっとこの苦しみと悲しみを分かち合える

互いの生を慈しみ愛することができる存在と出会えたというのに

愛が故、愛が故に僕は、君を、あの地獄へ

落とさなければならないのだろうか

怖くないのか、君に問うた

君は怖いと答える

そうだろうなと思ったが、その答えには続きがあった

あなたに出会えた喜びは、この一生の苦しみを3回繰り返したとしても
また辿りつきたい、抱きしめていたい喜びだと、幸せだと

だからこそ、私も子どもたちにも地獄を味合わせたとしても
それでも素晴らしいこの天からの贈り物を残し続けていきたいのだと

僕もそう思っていたよ

例え君と子どもたちに地獄を味合わせても
今この瞬間の天国のような風景と喜びと幸せを届けてあげたい
知ってほしい

君は言う

私たち、毒親だねと

僕は言う

ああ、一緒に毒親になろうと

そう、あの時、母が歯牙にかけた外敵は

強力な母の毒によって絶命した

母は毒によって命を奪い
愛によって僕たちに命を捧げた

それが運命なら

二人で毒親になろう

愛しているよ


解説・あとがき

相互フォローさせていただいている女王まりか様から教えていただいた
カバキコマチグモの生態を詩に落とし込んでみました。
※リンク先、虫さん画像注意!

日本全土、朝鮮半島、中国に広く分布する。在来種中で最も毒が強く、国内のクモ刺咬症例の大半を占める毒グモでもある。
~ 省略 ~
生まれた子グモは、1回目の脱皮がすむと一斉に生きている母グモにとりついて体液を吸い取ってしまう。この間、母グモは身動きができないわけではなく、敵が近寄れば威嚇して追い払おうとすることが観察されているが、子グモに対しては抵抗しない。母グモは30分程度で絶命し、半日程度で体液を吸い尽くされてキチン質を残すのみとなる。

Wikipedia-カバキコマチグモ

主な舞台は主人公が生まれた後に母グモの体液を吸う場面、
そしてつがいとなる恋人とのワンシーンです。

この生態からして、母グモ目線でストーリーを描いた方がドラマチックなのかもしれませんが、そこは残念ながら男の私。
やはり、母グモの母性をいくら演出しようと思っても嘘くさくなるだろうなという限界が見えました。
そこで、目線を子グモに合わせて、子グモから見た母グモ像と
新たに母グモとなる恋人との会話を描くことによって
「この世に生まれてきた意味」を問うような内容にしようと考えました。

また、この蜘蛛は国内では最も強い毒を持つこと、
そして子どもからすると
生まれてすぐに残酷な世界に放り込まれる現実から連想して
タイトルを「毒親」といたしました。

正直、舞台装置、舞台設定としてはなかなかいいアイディアだったのかなと
思いましたが、これを詩の中でうまく表現できたかといえば、なかなか難しかったなと…。
なので、あとがきにて解説を付け加えることにいたしました。

もし良かったら僕とは違う目線や角度で、
この蜘蛛をモチーフとしたストーリー(詩でも俳句でも短歌でショートでも)
にチャレンジしていただけると嬉しいです。

おまけとして結果的にプロット的な役割を果たすこととなった
ショートストーリーを貼っておこうと思います。

女王まりか様、素敵なお題をありがとうございました!


おまけショート


─ 白くぼやけてて、なんだかよく見えない。

─ とにかく早く何かが食べたい。飲みたい。

─ ざわざわとした振動を感じる。わずかに色が違って見えるところがある。

─ とりついた、とにかく食べないと飲まないと。

─ 夢中で貪った"それ"が体に取り込まれるたび、
 少しずつ意識が晴れてくるような気がする。

─ いきなり"餌"が動くのが分かった。

─ けれど不思議なことに恐怖や不安や焦りはない。

─ ただ"餌"からただならぬ緊張感と闘気と優しさと温もりのようなものを
 同時に感じる。

─ 自然と目から液体が零れ落ちてきた。

─ なんなんだ?この感覚は。

─ 食べなきゃ飲まなきゃ、でも、目の前の"餌"のことがなぜか恋しい。

「ォカシャン…」

─ なんだ?と思って周りを見渡してみると同じような形の生き物が
 "餌"を取り囲んで、自分と同じように貪っている。

─ 同じ、似てる。仲間?兄弟、姉妹、家族…?

─ 直感的に色々なことがわかるようになってきた。

─ それと同時に目の前の"餌"がどんどん萎んでいくのがわかる。

─ ォカシャン、オカシャン、オカアサン、カアサン!

─ 消化されたものが体に吸収される感覚とともに
 認識できるものが放射状に広がっていく。

─ 目の前にあるのは「カアサン」で「カアサン」は何かと闘って
 「カアサン」は自分と兄弟姉妹に食われている。

─ 状況がわかるたびに頭が混乱する。

─ 「なんで…なんでなんだ?なにが、どうなってるんだ?」

─ カアサンはもううつろな目で、それでも気を抜くことなく周りを
 見渡している。

─ 目の液体が止まらなくてよく見えないが、「食べなさい」「生きなさい」 
 という温かくて強くて優しい振動を感じる。

─ 「カア…サン」「カ…アサ…ン」「カアサン」「カアサ…ン」

─ 兄弟姉妹の阿鼻叫喚とともに「カアサン」を啜る音が聞こえてくる。

─ 「食べなさい」「生きなさい」「カアサン」

─ 生まれてきた世界は醜かった。

─ 恋しさよりも愛しさよりも、飢えと渇きが己を支配した。

─ そして、そこにカアサンの思いが重なる。

─ 一言だけでも話してみたかった…。一度だけでも抱きしめてほしかった。

─ 骸になった母親を残して、兄弟姉妹は飛び立ってゆく。

─ 皆一様に、たった一度だけカアサンを振り返った後で。

───── …。

「どうしたの?すごく険しい顔をして。」

「ああ、すまない。」

「せっかくこうして出会えたんだから、もう少し明るい顔をしてよ。」

「あの、その、怖くないのか?僕と一緒になった後の君に起こることは…。」

「怖いよ。怖いに決まってるじゃない。」

「そう、だよな…。いいのか?本当に。」

「私ね、生まれてから初めてこの世界を"知った"とき、なんて酷い世界なの?って思った。なんで生まれてしまったんだろうって。」

「そうだな。俺も同じことを思ったよ。」

「でもね…、あなたに出会えた。私にはそれだけで十分だった」

「え?」

「あなたを見て、このクモだって思えた時、これまでの全部がひっくり返ったの。苦しかったことも、痛かったことも、全部全部愛おしくなった。
あなたと出会えて今こうしてる時間が幸せ過ぎて怖いくらい。」

「僕もだよ。君と初めて目が合った時、君と初めて話ができた時、君とこうしていられる瞬間、全部が喜びに変わったんだ。」

「嬉しい…。私ね、この想いを伝えたい」

「…。」

「この今の喜びと幸せをもう一度味わえるのなら、たとえあの地獄のような思いを3回繰り返し味わったって平気だなって思えたの。」

「ハハハ、3回かぁ…。まぁ3度までが限度かもしれないけどなぁ。」

「ふふっ、だからね、伝えたいの。たとえ生まれた時には何もわからなかったとしても、いまのこの想いを託して、伝えていきたい。繋いでいきたいんだ。命を…。」

「そうだな。そうかもしれない。」

「そうしたら私たち、きっと毒親だね!私の毒は強力だし、毒親にピッタリ!」

「毒親ねぇ…。まぁでも、運命づけられた毒親なら悪くないっていうか、
仕方ないっていうか。」

「なぁによっ!あんたより大変な思いをするアタシが
明るく"毒親になろう"って言ってるんだから、
そっちがモジモジしないでくれる?」

「ごめんごめん!よし!二人でこの世で一番の毒親になるか!」

「うん!この世でさいっこうの毒親になる!」

「ハハハハ…。ありがとうな…。心から愛しているよ。」

「うん、愛してる。あなたも生まれてくる子どもたちも、地獄も、毒も全部全部」




ありがとうございました~!

※なんとoomuraraisuさんが早速チャレンジしてくださいました!

皆さんも是非、お読みになってみてください!
😆👍✨

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