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転校生はスカート姿で掃除する。

小学3年の終わり、東北の北のはしっこ青森から、東北の南のはしっこ福島に引っ越した。

雪が多かった前の土地より、随分暖かいな・・・と喜んだのもつかの間、新しい学校に通いだすと、驚くことばかりだった。

まず、決まり事が多かった。
◆ひとりで登校してはならない。必ず地域ごとにグループを作り、集団登校すること。
◆お掃除をする時は体操服に着替えること。
◆登下校には、学校が決めた帽子を被ること。等々。

覚えなくちゃいけない事だらけ。

そして、新しい学校の人たちは、ちょっと「やんちゃ」だった。転校生があまりやって来ない学校なのか、ルールを知らない私の行動に、いちいち反応する。クラス全員が「つっこみ担当」みたい。それはもう、驚きを通り越して、恐怖だった。

何をしても、目立つ転校生。
購買部に行く。
閉まっている。
教室に戻ると、誰かがそれを見ている。
「転校生は、購買部が開いてる時間も知らねえんだ!」
と、叫ぶ。
クラス中の生徒が私を見る。
異星人を見るような目で。
バカなんじゃないの?みたいな顔で。

(ええ、知りません)
(笑うくらいなら、おしえてください)
(いつ開いてるんですか?)

今ならそう思うだろうが、内気な小学4年生は、恥ずかしさのあまり、真っ赤な顔をして、財布をランドセルに仕舞うしかなかった。

すぐ後ろの席の男の子が、小さい声で「購買部は、朝と昼休みにしか開いてないんだよね」と、教えてくれた。やさしかった。こういう子と結婚すればよかった。(笑)

体操着を家に忘れて私服のままお掃除をした日には、ひとりの女子が、すかさずそれを見つけ、即興で唄を作り大声で唄い始めた。

「てーんこうせいーは、スカートでそうじするうー♫」

クラスの全員が、どっと声をあげて笑う。

これ、イジメってやつですよね。

家に帰っても緊張は続く。
日曜日の午後、家の垣根あたりから、ガサゴソと音がする。視線を移すと、誰かがこちらを見ている。私に気づくと、ひゃっ!と声を出し、姿を隠す。それも5〜6人。
知ってる顔がいる。
K君、、?話をしたことはない。おとなしい感じの子だ。そして、クラスの子達。知らない子もいる。違うクラスの子か。
なんと、好奇心旺盛な男子達が家まで見に来たのだ。
ワタシを。アホな転校生を。
体操服を忘れてスカートで掃除をしちゃう転校生を。

怖かった。

なんなの、この学校は。
そんなに転校生が珍しいの?
自分たちと比べて、違うところを指摘して、何が楽しいの?
違っていて当たり前じゃん。違うところで生きていたんだから。
そんなことも分からないの?

学校に行くのが、憂鬱だった。

それでも、毎日必ず学校へ行った。
当時、不登校などという発想は私の中には無かった。学校は「逃げられない現実」で「越えなければいけないもの」として捉えていたから、休むわけにはいかなかった。
親を心配させたくないと思っていたのかもしれない。

みんないなくなればいいのに。
私をいじめる子は、みんないなくなればいい。

心の底から、そう思った。
無力な転校生ができることは、そんなふうに祈ることくらいだった。



ある日、K君が亡くなった。

月曜日の朝、学校へ行ったら、K君の机の上に花束が置いてあった。
急ぐわけではないけれど、前々から気になっていた鼻の手術を土曜日に行ったこと。簡単な手術なので、その日のうちに帰宅したこと。その日の晩御飯まで元気だったのに、夜、具合が悪くなり、瞬く間に亡くなってしまったということ・・・を、担任の先生が、朝の集まりの時、おしえてくれた。

先生は涙ぐんでいたが、10才の私は「死」という意味が全く分からなかった。生まれて初めて、知っている人間が亡くなったのだ。
悲しいというより、怖かった。想像できないものが怖い。
「宇宙の果て」を考えることに似ている。
先週まで、普通に元気に学校に来ていた人間が、全くなんの前ぶれもなく、この世からいなくなるなんて、身体から魂が抜けてしまうって、どういうことだ。

そして、何より「K君は私のせいで亡くなったのかな」と思うことが、一番怖かった。

だって、あんなふうに祈ってしまった。
いなくなればいい。
まさか、本当にいなくなるなんて。

お葬式の日は、朝から土砂降りの雨だった。
クラス全員で参列する。
学級委員の男子が、お別れの作文を読む。

「K君は、誰よりも野球が上手くて、走るのも得意でした。天国へ行っても大好きなスポーツ、続けてください」

と、まあまあ普通のお別れの言葉を述べた。

「では、次にK君の親友だったH君のお別れの言葉です」

司会者がそう言うと、見たこともないハンサムな少年が登場した。
違うクラスの子?

「Kちゃん、いくら呼んでも帰ってこないKちゃん」

突然、そんな出だしで作文は始まった。
堰を切ったように、クラスの女子たちが泣き出す。
Kちゃんのことをよく知らない女子だって、この言葉には、ぐっと来た。
そして、H君というこの男の子は、声が美しかった。
声だけじゃない。文章の作り方が、うまい。

親友だけが知りうる幼い頃の出来事を織り交ぜながらH君は、水の流れるような声で女子たちの涙を誘った。
女子たちの鳴き声は、どんどん大きくなっていく。
とうとう、泣いていないのは私だけになった。

泣けないよ、怖くて。
だって、私のせいでK君は死んじゃったんだから、たぶん。

学校に戻ると、その日の授業時間はほぼ終わりの時刻だった。
真っ赤に泣きはらした目の先生は、何を思ったのか、

「今日はまだ、お掃除をしていませんね。お掃除をして帰りましょう」

と、言うではないか。
なんでこんな悲しい出来事のあとに、お掃除をやれなんて言うのだろう。
しかし、異議を唱える生徒はいなくて、皆、もくもくと掃除を始めた。
女子は泣いたあとなので、動作が鈍い。

机と椅子をきつきつに前に寄せて、空いたスペースからモップを掛け、、、
そんな決まりきった作業がまどろっこしく、何故、先生はすぐに帰りましょうと言ってくれなかったのか。

突然、いつもおとなしい男の子が小さい声で歌い始めた。
購買部を教えてくれた子だ。

「青い鳥を見つけたよ 美しい島で・・・」

なんということだ。
ザ・タイガースの「青い鳥」という曲ではないか。

「しあわせ運ぶ ちいさな鳥を」

自分の恋人を青い鳥に例え、遠くに飛んで行ってしまった悲しみを唄った歌だ。哀愁のあるメロディーと相まって、当時、大ヒットした曲だった。

やっと泣き止んでいた女子たちが、また泣きだす。
ひとり、また、ひとり・・・

青い鳥を見つけたよ 美しい島で
幸せ運ぶ ちいさな鳥を
だけど君は あの空へ飛んでゆくんだろう
僕がこんなに愛していても

作詞:森本太郎

クラス中の男子が、一緒に歌いだした。
ひとり、また、ひとり・・・

いつもやんちゃな男子達も、きっちり歌いだした。歌詞を噛み締めるように。

「ちいさな幸せを 僕の手にのせたのに・・・」

教室は大合唱になった。
泣いている女子たちを慰めるように、
幼い自分たちに突如やってきた友との別れを惜しむように、、、

男子達は、何度も何度も「青い鳥」を歌った。
お掃除が終わるまで。
クラスの女子たちが泣き終わるまで。

つうか、結構、いい奴らじゃん。

と、思ったのは言うまでもない。
いじめられていたことなんて、忘れてやってもいいぜ。

と、魔が差したように思った。

この日から、ずっとずっとザ・タイガースの「青い鳥」が大好きになり、
少しずつ、新しい学校が好きになっていった。

そして、もうじきやってくるクラス替えで、「初恋」っていうものを味わうことになる。

でも、今日はここまで。

K君が亡くなったのに、初恋の話なんて失礼だし。
それからのK君のことも話します。

つづく。

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