紫苑

氷室京介氏とBOOWY関連の小ネタ。 噂について色々調べたことの覚書など。

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最近の記事

氷室京介の『Q.E.D』余話~ BOOWYと氷室バンドと ~

【閲覧にあたっての注意】この話は、『Q.E.D』余話としておりますが、『Q.E.D』DISC Iの1曲目、「DEAR ALGERNON」を観ていた時に思い出した“KYOSUKE HIMURO 25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOLOGY -NAKED-”(以下『NAKED』と称す)横浜スタジアム公演を巡る騒動についての“私が感じたこと”を書いております。『Q.E.D』の感想ではありません。 有り体に申しますと、あの時の氷室氏の「卒業宣言」

    • 氷室京介の『Q.E.D』~ 所感② DISC I. GiG at Sanctuary -TOKYO DOME Live Chronicle since 1988- ~

      『Q.E.D』の感想を書くつもり……でしたが、あっちこっちに脱線しまくって、『Q.E.D』に収録されている各公演に託けた四方山話と化してしまいました。 つい筆が滑って、氷室氏が「卒業宣言」した際の騒動にまで話が及んでしまったという。しかも『Q.E.D』に全く関係のないその話が何故か一番長い……。 さすがに話が飛びすぎて『Q.E.D』に掠ってもいないうえに、読む人を非常に選ぶ内容のため、この時の話は「余話」として記事を別けさせていただき、後日アップさせていただきます。 KIN

      • 氷室京介の『Q.E.D』~ 所感① 発売前 ~

        2023年10月7日。 氷室京介氏の63回目の誕生日である。 その前日の10月6日、ソロデビュー35周年を記念した映像作品『Quod Erat Demonstrandum』が同年12月20日に発売されることが発表された。 よ、読めん……。 舌を噛みそうなこのタイトルは、『クォド・エラト・デーモンストランドム』と発音するそうで。なんでも「証明されるべきもの」「証明完成」といった意味のラテン語だとのこと。 ニュースサイトには、「氷室京介の35年の軌跡である『証明の記録』と言える

        • BOOWYゆかりの(跡)地を訪ねてみた。【高崎市街編〔後編〕】

          本当なら、高崎市福祉会館で行われた「TAKASAKI ROCK FESTIVAL」の開催日に合わせた12月18日に公開予定だったこの話。12月は何かと忙しなくて時間が取れず、間に合いませんでした。新年1発目が超個人的備忘録なコレというのもどうかと思ったのですが、折角書き上げたので。 途中まで書いて中断している話は他にもいくつかあるので、今年こそそれを完結させたい!! けど、また何か別に書きたくなったものが出てきたら、そっちを優先させてしまうかも。今ちょっと『Q.E.D』の感想

        氷室京介の『Q.E.D』余話~ BOOWYと氷室バンドと ~

        • 氷室京介の『Q.E.D』~ 所感② DISC I. GiG at Sanctuary -TOKYO DOME Live Chronicle since 1988- ~

        • 氷室京介の『Q.E.D』~ 所感① 発売前 ~

        • BOOWYゆかりの(跡)地を訪ねてみた。【高崎市街編〔後編〕】

          BOOWYゆかりの(跡)地を訪ねてみた。【高崎市街編〔前編〕】

          【ボウイメモラビリア展】「拝啓ボウイ様」に「じぐろ京介 with SPECIAL MEMBERS」が今年もご出演なされると聞きつけ、再び高崎まで足を運ぶことを決断したのは、出演者発表があった10月下旬のこと。 昨年に引き続き「ボウイメモラビリア展」も同時開催されると知り、「よし、昨年の反省も踏まえて今年は予習してから行こう!」と決意。したものの、何が出展されるかわからない状態では予習もへったくれもない、ということに気づいたのはそのすぐあと。 せめて撮影OKなら、展示品をと

          BOOWYゆかりの(跡)地を訪ねてみた。【高崎市街編〔前編〕】

          今年は『拝啓ボウイ様』になっていた。

          【拝啓ボウイ様?】2023年11月4日(土)。 昨年開催された「高崎おとまちプロジェクト10周年特別企画『拝啓BOOWY様』」が好評を博したとのことで、11年目の今年も同企画が開催されることになった。 ……あれ?タイトルが微妙に変更されとる。 これ、何も知らない人が見たらデヴィッド・ボウイの方を思い浮かべてしまわないかい? あぁ、でも『BOØWY』はねぇ……商標登録されてるからねぇ。イベント・興行の企画・運営・開催も音楽の演奏もみんなみんなひっかかってしまう。後援にも協賛

          今年は『拝啓ボウイ様』になっていた。

          櫻井敦司氏急逝の報に接して

          「櫻井敦司急逝」 そんな文字がニュースサイトのトピックスをチェックしていた私の目に飛び込んできたのは、2023年10月24日の夜のことだった。 ……櫻井?え、誰?翔でなく敦司!?え?えぇ!?BUCK-TICKの櫻井敦司、さん……? 言葉はわかる。でも、脳が理解を拒否したというか。 暫く呆然として、我に返って慌てて内容を確認。 10月19日のライブの途中で緊急搬送され、その日の夜に息を引き取られた、と。 確かに数日前、3曲歌い終えたところで体調不良で公演中止となり、「あっ

          櫻井敦司氏急逝の報に接して

          ロックンロールオリンピックとBOOWYと氷室京介と〔後編〕

          先に〔前編〕からお読み下さい。 【第7回 R&Rオリンピック(1987年)】- ①イベントデータ - 後に氷室氏のサポートメンバーとなった西山氏が在籍するROGUEと、本田氏が在籍するPERSONZも登場しているところに、不思議な縁を感じる。 - ②シークレット出演 - 1987年、BOOWYは三度目の出場を果たした。 昨夏の出演後にリリースされた5thアルバム「BEAT EMOTION」で初のチャート1位を獲得するなど、BOOWYは大ブレイク。87年のロクオリ前には

          ロックンロールオリンピックとBOOWYと氷室京介と〔後編〕

          ロックンロールオリンピックとBOOWYと氷室京介と〔前編〕

          ロックンロールオリンピックは、宮城県柴田郡村田町菅生にあるスポーツランドSUGOにて、1981年から1994年まで毎年夏に開催された野外ロックフェスティバルである。 BOOWYは、1985年から1987年まで連続3回出場した。解散後は、氷室京介が1990年に、高橋まことが1990年と1994年に、それぞれ自身のバンドで出場した。 ロクオリにおけるBOOWY秘話は、2年くらい前に別の話で少しだけ触れたことがあるが、同イベントをプロデュースされていたフライングハウスの社長・斎藤

          ロックンロールオリンピックとBOOWYと氷室京介と〔前編〕

          氷室京介のこだわり①

          【1,000分の1秒】『PLASTIC BOMB 190.802』 『B・BLUE 165.990』 『LOVER’S DAY 111.870』 etc. 2023年は氷室京介ソロデビュー35周年のアニバーサリーイヤーである。ソロデビュー記念日である7月21日には、東京と大阪でフィルム上映イベントが開催されることも発表された。 コロナ禍で暫く集客イベントは中止または延期(氷室京介展<東京巡回展>はこのまま中止なのだろうか。ロザリオ盗難事件もありましたしね……。)となっていた

          氷室京介のこだわり①

          『ニクオン2023』に行ってみた。

          5月28日(日)の「ニクオン2023」のステージにじぐろ京介氏が出演されるという情報を入手したので、錦糸公園まで行ってきました。 じぐろ京介氏は、群馬県高崎市大字LA在住の【氷室京介/BOOWY】ものまね師。(公式プロフィールより) 私が彼の実物を初めて拝見したのは、2022年11月5日に開催された、高崎おとまちプロジェクト10周年特別企画「拝啓BOOWY様」にて。 「『拝啓BOOWY様』に行ってきた。」にも書いたように、その時の私のお目当ては彼自身ではなく、バックバンドを

          『ニクオン2023』に行ってみた。

          BOOWYにまつわる噂のエトセトラ Vol.19-② ~ 「1224」と幻の41秒② ~

          (注)先にVol.19-①をご覧になってからお読みください。 【「1224」が辿った歴史】では、「『1224』の41秒間の欠損は意図的に行われたという説」が生まれた背景についての私見を述べる前に、まず「1224」という作品が辿った歴史を振り返ってみたい。 【30周年アニバーサリー】私にとって映像作品「1224」は不朽の名作である。 この映像を観る私たちは、この日、何が起きたかを既に知っている。知っていて「それ」を観ている。 鬼気迫る氷室氏――明らかに尋常ではないその姿と

          BOOWYにまつわる噂のエトセトラ Vol.19-② ~ 「1224」と幻の41秒② ~

          BOOWYにまつわる噂のエトセトラ Vol.19-① ~ 「1224」と幻の41秒① ~

          【『1224』が14年後に発売されるまで】1987年12月24日 BOOWY解散 「ROCK'N ROLL REVIEW DR.FEELMAN'S PSYCOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR」の最終日、渋谷公会堂において行われた同公演のアンコールにて、氷室京介氏は「これから、一人ひとりが、一人ひとりの為に、今まで4人でしかできなかった音楽をやってきたように……、一人ひとり、これからやっていこうと思います」と、これからはBOOWYではなく、メンバーがそれ

          BOOWYにまつわる噂のエトセトラ Vol.19-① ~ 「1224」と幻の41秒① ~

          私の2022年『#noteまとめ』

          先日、note公式から「今年の活動記録まとめ」なるものが送られてきました。 ついでに「12月31日までに記事を書いて連続投稿記録を伸ばしてみませんか?」的なお知らせもきました。 今書いているネタを書き終えるにはまだもう少し時間がかかりそうなので、折角だからこの「noteまとめ」を利用して、今年を振り返ってみたいと思います。 01 よく読まれた記事 今年最も読まれた記事は、1位と2位が氷室氏と布袋氏の解散後の交流ネタ、3位が解散諸説の山下氏のツアーバンド事件ネタの結果となり

          私の2022年『#noteまとめ』

          『拝啓BOOWY様』に行ってきた。

          【高崎おとまちプロジェクト 】2022年11月5日、群馬は高崎に行って参りました。 お目当ては、高崎おとまちプロジェクト10周年特別企画「拝啓BOOWY様」……の大トリ「じぐろ京介氏」ではなくて……その「with SPECIAL MEMBERS」。 「高崎でBOOWYのイベントやるらしいから観に行かない?」と誘われたので、公式サイトにアクセスして概要を確認。 「あー、つまりコピバン大会かぁ。でも私はコピバンは苦手(正確にはどう楽しめばいいのかがよくわからず、観ても反応に困る

          『拝啓BOOWY様』に行ってきた。

          BOOWYにまつわる噂のエトセトラ Vol.18-② ~ 「SHAKE THE FAKE」を巡るあれこれ(前編?) ~

          【松井常松起用に至るまで】1曲だけ松井氏をゲストに迎えた氷室氏のアルバム「SHAKE THE FAKE」は、1994年9月26日発売。 前作「Memories Of Blue」及び先行シングル「KISS ME」でミリオン・ヒットを記録し、氷室氏のソロ活動がセールス面でもBOOWYを超えた。そこではじめて自分の音楽を追究できるところまできたというような話を氷室氏は過去何度かしている。 このアルバムが完成した当時のインタビューで、氷室氏は松井氏の起用の理由をこう語った。 上記

          BOOWYにまつわる噂のエトセトラ Vol.18-② ~ 「SHAKE THE FAKE」を巡るあれこれ(前編?) ~