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期限付きの恋愛に、切ない痛みが突き刺さる


中盤まではめちゃくちゃいい話で、恋愛って美しいなって思うんだけど、後半からまさかの展開で、やっぱりそうなってしまうんだ、出会いがあれば別れもある感じなんだね、と物悲しくなってしまった。
冒頭の出だしも含めて、〜だった、と基本過去形で語られていくから、終わった恋なんだなあと薄っすらと思っていた。
けれど、やっぱりそうなるのかあという思いと、最初かな叶わぬ恋だとわかっていての恋愛だったんだな、というのがわかると、それはそれで切なさが倍増する。
主人公の「僕」が抱く好きな人への気持ち、それがずっと続くものではないと知りながらも、もしかしたらチャンスがあるかもしれない、自分の方に振り向いてくれるかもしれない、という希望を捨てたくない気持ち。
それでもやっぱり現実は薄情で、自分では大恋愛だったのに「彼女」はそうでもないというすれ違い。
色んな思い出を作ってきたのに、別れるという結末を迎えるときには、できるだけいい男を装って、相手に罪悪感をもたせつつ、心の何処か、記憶の片隅にいつまでも残るような印象を植え付けてやろうと苦心する。
そんな精一杯の強がりを見せつけたい気持ちは、自分も体験したことがあるので、痛いほどよく分かる。
大きな魚を逃したのは自分じゃなくて相手の方なんだぞ、と思わせたい、思ってもらいたい気持ち。
相手との連絡が途絶えがちになって、もうダメかもと結論を出すまでの悶々とした鬱積。
いつ連絡が来るのか、既読がいつ付くのか、相手の反応が気になって夜の寝付きが悪くなる。
何も手につかなくなって、別れる現実が受け入れられなくて気持ちが塞ぎ、悲しみが溢れ出すくらいならいっそ感情に蓋を締めて何も感じたくない、という気持ち。
実際にそんなことが過去にあったので、ああ自分も当時はそうだったなあ、なんて懐かしさを感じながら、「僕」の心境に同感していた。

とはいえ、「彼女」の自分以上に「僕」のことを好きになれない、という気持ちもわかる。
どちらかというと今の自分は「彼女」寄りの人間だと思う。
実は既婚者だった「彼女」は、夫が海外出張に行っている間、ちょっとした火遊びをしようと思って「僕」と出会う。
「僕」も彼女が既婚者だと知りつつ関係を持ってしまう。
最初は適切な距離感を保ち続ければ、楽しい恋愛ができると思っていたのに、いつしか「僕」が真剣になりすぎて、思ったよりも近い関係になってしまった。
「彼女」も彼女で家に入り浸ったりして、思わせぶりな態度がエスカレートしている感はあるけれど、「彼女」は夫がいるし、一時的な遊びの関係と割り切れている。
「僕」が本気になっていることを感じているのに、勘違いさせるような態度を取り続けるのはあまり良いとは思えない。
「彼女」は「僕」といることは楽しいと思っているけど、やっぱり自分のことが大事だし、夫のことが大事で、「僕」のことは自分以上に優先度が上がることはない。
自分が楽しいことが一番で、「僕」は楽しませてくれる人、一緒にいると心地いい人だけど、大切なのは結局自分。
自分にとって都合のいいときは大切にするけど、そうじゃなくなったら別れましょう、とドライな目で自分たちを見ている。
僕自身も今は自分の時間が大切で、それ以上の価値があるか無いか、で判断するところもあるから、「彼女」の判断基準はなんとなくわかる。

「僕」と「彼女」のそれぞれの立場を両方経験しているから、お互いの心境はよくわかるなあと結構響く小説だった。
恋愛だけじゃなくて、仕事に対する向き合い方も、若いうちに悩むもんだよなあと感じた。
社会に出て自分は大した人物になりたいという野心を持っていたのに、実際に会社に入ると自分の希望するような仕事に付けないことも多い。
このままでいいのかな俺、と仕事に追われながらふと考えて、でもなかなか行動できなくてズルズルと居続けて。
会社にとどまるか転職するか、常に選択肢は目の前にあるのに、自分はどうしたいかわからなくて時間だけが過ぎていくもどかしさと焦り。
貴重な 20代はもっと贅沢に過ごしたいのに、そうさせてくれない社会の不自由さ。
今どきの若者の、いい意味での普通で平凡な若者の等身大の姿が、そこにはあった。

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