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やがて来る|ショートストーリー

2028年……

枯れ葉の薫りが冷凍保存され始めた頃に
ぼくの中から星がひとつ欠けはじめた
狭くなっていく視界の片隅には一輪挿し
細やかに手入れをされていること、
それは透けたグラスから見て取れること

イカナイデ……

そう囁いたのは、ぼくではなかった
わたしよりも先に逝くなんて許さない
泣いていたのはグラスのなか揺れる、花

欠けているのは星ではなく……
星が見下ろしている、ぼくの方だった

痛いの、痛いの、飛んでいけ……
眠っていたはずの月が目覚め唄うたう
決まった時間に紡がれる物語は、祈り
月のしたでは小さな黒猫が背伸びをする

トン ア トン ア フェイ ゾウ ラ……

雨はやがて、雪になる……
そうしたら何もかもが白に変わるから
例えば、あの子がぼくを愛したこととか
ぼくが君を守りたかったことだとか
何ひとつこの世に残すことはなく
全ては始まりのまえの空に風だけ流れて

2030年、春……

静かな住宅街にぽつり佇む古書店で
君が何気なく手にしてひらいた古い、本
埃が西陽に照らされて掛けられる魔法

……やっと逢えた

ぼくは照れたように鼻をかきながら
大人になった君のことを見上げていた

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