9784763408860帯なし

とてつもなく「すごい」本が出ます! 新刊『亀裂 欧州国境と難民』

 すごい本が出ます!
 大事なことなので、もう一度言います。
 すごい本が出ます!!!

 花伝社編集部の山口です。GW明け、遊び疲れ、金銭不足を感じ、視線がついつい足元に向かってしまっていましたが、この本を手にとって一気に元気が回復しました(視線も上向き!!!)。

 スペインで2016年に刊行されたコミック『亀裂(原題:La Grieta)』です。

ヨーロッパの難民流入を取材したこのコミックが、どうして「すごい」のか、いくつかのポイントに合わせて解説していこうと思います。

1.写真がすごい!!!


 このコミックを刊行する大きな後押しとなったのは、本作(の一部)が「世界報道写真コンテスト」で入賞していることでした。
 このコンテストは、恵比寿の東京都写真美術館でも毎年展示が開かれている、とても由緒正しいものです(オランダの世界報道写真財団を中心に、1956年から開かれているコンテスト。世界中の写真家から応募があり、世界約100会場で展示がされているそうです。)
 そこで入賞した写真(実際には動画作品が入賞)であれば、価値は間違いありません。
 さらに、スペインの出版社から制作用データを受け取ってびっくり。ダウンロード完了まで待つこと数時間。届いたデータは30GBオーバーの、一昔前のパソコンであればそれだけで容量がいっぱいになってしまうものでした。
 なぜこんなにデータが重いのか(参考に『見えない違い』は1GBほど)。訳者の解説でようやくわかったのですが、755コマある本作は、(双眼鏡の影を付け足した2コマ以外)すべて画像の恣意的な加工をせず、しかし、マンガとして読みやすくするために上にレイヤー(覆い)をかけた、というものだったのです。つまり、報道写真が755枚貼られていると思ってください。おかげで会社内の出力には困りましたが、書籍の印刷に際しては、印刷会社さんでとてもきれいに出力されて、小さく写り込んだ人々の顔も判別できるほどのクオリティとなりました。
 ちなみにこの755コマは、2万5000枚もの写真から選別されたそうです。パーセンテージにして、3%の厳選です。

(世界報道コンテストを受賞した短編ドキュメンタリー映画。本書でも「地中海」の章に収められています。)

2.文章がすごい!!!


 「ヨーロッパの難民を撮ったフォトグラフィックノベル」というざっくりな理解で始まった本企画。しかし実際には、作者の二人(ジャーナリストと写真家)は、難民流入が問題となっているヨーロッパの外国境、つまり、北アフリカ、地中海、バルカン・ルート、旧ソ連国境、トルコ国境、挙げ句は北極圏などを2年もかけて(「J」という文字を下から書いてなぞったように)めぐり、その取材を約160ページの本書にまとめあげています。
 上に、写真は2万5000枚もの中から選別されたと書きましたが、取材ノートは15冊にも及びます。さらに彼らが向かうのは、軍艦、NATOの訓練キャンプ、EUの国境を管理するフロンテクス、難民キャンプ、など、通常では取材が許されない場所ばかりです。
 あの手この手で入り込み、写真を隠し撮りし、カメラの没収をいかにかわすか、どうやって国境を越えるのか、等々、彼ら自体の取材の記録も、とても興味深い記述です。
 また、世界中から押し寄せる難民を目にした様子、それぞれの背景や彼らが物語ることなどは、ついつい距離を感じてしまう日本においても、とても胸を打ち、自分には何ができるのかを考えさせる内容となっています。

(さらにギリシャやロシアに関する彼らの分析はとても鋭く、興味深いと思うのですが、意見が分かれるところだと思うので、ここでは記しません。お読みになられた方は、ぜひどのようにお感じになられたのか教えてください。)

3.訳者がすごい!!!


 翻訳は、10年来の友人で、一橋大学大学院社会学研究科・博士後期課程在学中の上野貴彦君にお願いすることになりました。
 上野君は、8ヶ国語を流暢に操る語学の天才で、例を言うと、数年前にバルセロナに住む私の友人を紹介したところ、彼女から「完璧なカタロニア語のメールが来た。彼は何者?」と驚いて連絡が来たこともありました。イタリアに留学経験があるほか、現在はバルセロナ自治大学で客員研究員をしています。
 さらに専攻は国際社会学・国際移民研究であることから、本書のいたるところに、内容の理解を助ける脚注を入れ、素晴らしい解説を執筆してくれました。解説には、読書ガイドも収められ、『亀裂』を入り口としてヨーロッパの難民事情について知りたい人が、どの本を手に取ればいいのかがわかるようになっています。

 私の場合、ヨーロッパの難民問題というと、どうしてもドイツにおける統合政策を思い浮かべてしまったのですが、ドイツに入るためには旧ユーゴスラビア圏も含めた「バルカン・ルート」、もしくは地中海などを通過しているわけで、その周辺国で何が起こっているのかについてはあまり想像力も及ばす、さらに、北欧、ロシアのヨーロッパ国境ではどうなのかということについては、勉強が足りていませんでした。
 本書は、とりあえずの外国境を網羅し、ヨーロッパにおける難民・移民流入の最前線で何が起こっているのか、その混乱をもたらしている原因は何なのか、について概観できるようになっています。最初の1冊として、もしくは、すでに読まれた書籍の補強としても、とてもおすすめできる内容です。

 じっくり読むも良し、写真だけ眺めるも良し。ぜひご自分の読書スタイルを見つけてみてください。


『亀裂』、心からおすすめいたします!!!!!

(編集部・山口)

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