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短編小説「サイズ」



 「多分気づかないと思うんだけど……君はどう思う?」と、店長は使い込まれたヘキストマスのメジャーを首から下げ、レジを挟み対面する私に聞いてきた。私は先程店長から渡された、数字が記載された黄色い付箋にもう一度目を向けた。「私も……多分気づかないと思います、しかし、万が一という可能性もあるかと……」と、曖昧な返答をした。私にはどうしても判断がつかなかったからである。




 私はちらりと、玄関の奥に見える店の看板に目を向けた。外の道路脇に建ててある店の大きな看板は、既に電気は落とされ、1日の仕事を終えている。私も早く帰りたい。しかし、終業後、店長に捕まり相談を持ちかけられた。普段ならば、愛想よく店長の機嫌が良くなる方へと舵を切る私だが、今回ばかりは違った。どう答えていいものか、未だにわからない。




 付箋に記載されていたのは、お客さまを採寸したサイズであった。首周り、肩幅、裄丈いきたけ、胸囲、胴囲、腰囲、股下など、走り書きではあるが、それらの情報が細かく記載されていた。間違いなくオーダーメイドスーツを作るための情報である。「そもそもこれって、希望のメーカーや、生地、色合いは何を注文されたんですか?」私はこの難問に答える判断材料を、少しでも増やすため店長に聞いた。しかし、店長から返ってきた言葉は更に私を困惑させた。





 「 発注書の方には書いてあるんだけど、君に見せるだけだから、口頭でいいかと思ってこれには書いてないんだ。ほら、アレだよ。いつも俺らが見てるあのマネキンと全く同じメーカーと、同じ生地、同じ色」と、店長は左手で指を差したのは、販売フロアの壁であった。壁といってもそこは直方体の肩にに凹んでおり、中にスーツを着たマネキンがポーズを取って気取っていた。私はますます困惑した。





 「やっぱりこの人のオーダーメイドスーツ、作るの辞めた方がいいかな?」店長の声はどこか寂しそうに聞こえた。「この注文をした方、ご年齢はどれ位なんですか?」「今年の春から新社会人なんだって。だから、ご両親がお祝いの気持ちを込めてオーダーメイドスーツ作りたかったんだって」店長から不意に聞かされた親御さんの気持ちを受け、私は漸く自分の意見が決まった。





 「親御さんの気持ちを汲みましょうよ、店長。オーダーメイドスーツ作ってあげましょうよ」「でも……」私の意見に対し、煮え切らない態度を取る店長に対し私は更に追い打ちをかけた。





 「そもそもオーダーメイドスーツを希望なんですから、何も間違っちゃいないんですよ。作ってあげましょうよ。確かにサイズを見れば、市販のスーツで事足りるほど、サイズがピッタリなのはわかります。しかし、出来上がったスーツを見て『市販されてるものと全く同じだ』なんて絶対気付きませんよ。だって、親の金でオーダーメイドスーツ着るような、あまちゃんなんですもの!」





 私の熱を帯びた返答を受け、店長は驚いていた。私自身、この怒りにも似た熱がどこからくるか不明瞭であったが、多分嫉妬なのだろう。この店で市販されているスーツは、どれもこの国で働く大人の平均年収を軽く超える。そして、オーダースーツとなると、更に倍である。この店で市販のスーツに袖を通さず、店長に対し即座に「オーダーメイドスーツを作りたい」など、口にしたであろう顔も知らない親子に対し、どうしても我慢ならない嫉妬心が湧いていたのだ。




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