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詩集『閑文字』

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伽戸ミナがつくった詩を載せています。読んで頂けたらうれしいです。
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記事一覧

路地裏

大通りより路地裏の方が多い
女性がブーツから生脚を出している
ゴミを荒らしたカラスが翼を広げている
覆面たちが背中を叩き合っている
コスプレイヤーが撮影している
桃太郎が酔い潰れている
マネキンの頭が水たまりに落ちている
クロワッサンと三日月を見比べて居る人がいる
壁にもたれてメイド服が喫煙している
室外機はエアコンの数だけある
家族でドラム缶風呂に入っている
乳首の透けたばあさんが靴磨きをしてい

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栞紐

本から垂れている糸は空中に消えている
その糸はきっと見えなくなっているだけで
地球のどこかで美しい絨毯に編まれているはず
そうでなければこの涙が説明できなくなってしまう

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止まれ

すこし失敗したスタンプみたいに
消えかけの“止まれ”と
生まれたての“止まれ”が重なっている
消えかけの方は、どうせもう長くはいられないのだから最後くらい許してくれと喚いていて
生まれたての方は、これからやっていかなければならないことの邪魔をするのは勘弁してくれと叫んでいる
どっちも“止まれ”なのにである

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正当性

太陽が死んでいくのを見せられても
闇の覆いが不気味に迫り来ていても
じっと耐え寝ずに見張りをしている
あなたはすばらしい
暢気な方々とは違い
あなたの袖は涙を流さずとも濡れている
何枚も重ねずとも
あなたの服は暗く重たくなっている
子どもたちにも背負わせてしまっている
それはあなたのせいではありません
闇のように何もかも塗り潰してしまうもののせいです
もう一度言います
あなたのせいではありません

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三日続いた雨がようやく上がった

詩です。

ベランダにくまのプーさんが干してある
Tシャツ、Yシャツ、エプロン、くつ下
というような並んでいるものはなく
事件性を感じさせる孤独感である
日常的にあらわれる洗濯物はペラペラの布で
胴体が入っていない状態だということがよく分かる
くまのプーさんが干してある部屋は
昨年ご主人を亡くされた大家さんの部屋です
あなたの夢を応援しているよ
と言ってよくアップルパイをくれます
部屋にあかりを灯

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蝶々夫人

詩です。

朝くつひもを結ぶときは左右左右の順番で
必ず蝶が二匹連続になるようにするの
ときみは言う
一匹ずつのぼくのことをきみは
蝶がかわいそうだと思わないのかと叱る
まったく思わないのだけれどぼくは
二匹連続になるようにして
一緒に桜を見に行く春を
積み上げている

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AirPodsを握っている

詩です。

AirPodsを握っている
ポッケの中で
イヤホンを二つともしまったケースは
石のように重くて
表面が石のようになめらかで
角が石のように取れていて
手にすっぽりとおさまる
AirPodsを握った手はダイヤモンドの指輪
ポッケの中にダイヤモンドの指輪がある
プロポーズみたいな
世界で最も美しいオレンジ色の緊張
AirPodsを握っていたら騒がしい都会も歩いていられる

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小田急線新宿駅

詩です。

いきなり見ず知らずの人を
殴りたくなってしまう
飛んでいた蚊に対して
いきなり向けてしまう凶暴さが
許されている気がしているのがこわい
温い深海のようなざわめきのなか
ノイズキャンセリングで
ぼくの名前を呼ぶ声も聞こえていなかった

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ネオンライトは夜の味方

詩です。

部屋を暖めるストーブが
苦しそうに熱を吐き出す傍で
裸で抱き合っている人たちがいる
窓から三日月を見て
あれは神様がまぶたを閉じている状態だから
見つからないうちにキスしようって言った
RとLの発音をなんどもなぞるような動き
世界にいまボクらしかいなかったら
世界には愛しかない

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飛びたいと願わない日はない

詩です。

紙の上にデスクライトに焼かれた虫が落ちてきた
のたうちまわる黒い点は雲の上の存在から見えるわたしだと思った
紙を汚さないように
ティッシュにくるんでから指先で圧し潰す
夢という坂は鑢になっていて素足のままで行かねばならない

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詩です。

さくらはどこで咲いたのか分からなくても
風に乗っていつのまにか髪にまぎれ込む
ウグイスがどこで鳴いたのか分からなくても
目を覚ます合図としてあたりをゆらしている
しかしあそこで咲いているとすぐに気づける躑躅は
鼻先を近づけないと香りを知ることができない
いつのまにか持っていた嫉妬心も
やっとの思いで手に入れた歓喜も
感情のすべてが生まれている春

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ハンバーガー

詩です。

ハンバーガーを食べているとこ
見せられないのが恋
いつもはママと来ているラゾーナが
きょうはコロッセウムのようで
勝とうとしようしている時点で
負けているようで

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イレギュラー

詩です。

美しい傘立てがビニール傘であふれて醜いので
しっかりした折りたたみ傘を一本買って
いつも鞄に入れるようにしていた
その折りたたみ傘を、
今日にかぎって忘れてしまった
空は神様が恨みを込めて
かき混ぜて作った
極悪のメレンゲのような雲で
埋めつくされている
雨が放たれる
雨は人体にインクのように
飛び込んで煙のように溶けていく

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無色

詩です。

お風呂はいいな、ひとりになれるからいいな
毛とか生えててきもちわるい脛だから、
ゴールデン・レトリバーも寄ってこない
ひじきみたいに揺れている
うねうねと昇っていく湯気
あ、乳白色の浴室の天井から黒色透明の
蜜が垂れている
宇宙が溶け出したみたいに
いったいぜんたいどこにこれだけの
量があったのかと思わせる
白い鎧の歩兵の密集体形に
黒い騎馬隊が錐形で突撃する
どこかから叫喚と叫喚がぶ

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