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ショートショート:「月へ行く猫」

【前書き】

皆様、お疲れ様です。
カナモノさんです。
今回は僕なりの〝お盆〟を意識したお話です。
猫とおじいさん、この組み合わせだけで大好きなんですけど。
お盆って段階でまた〝死〟とかそういうの何で。
なるべく気軽に楽しんでくれると幸いです。


【月へ行く猫】

作:カナモノユウキ


僕の街には年に一度だけ、月に届く塔が立つ時期がある。
暑い真夏の日にそれは現れて、月までたどり着けた者は〝失くしたもの〟と再会できるらしい。
人間は毎年その塔に登って、失くしたものと再会しに行くんだとか。
僕みたいな猫には、失くすものなんてないから別に関係ないけど。
美味しいごはんと寝床、それに落ち着ける場所があればそれでいい。
「エルム、ご飯が出来てるぞ。」
僕の居場所はここ、街のペンキ屋を営むトムじいさんの家。
三階建ての古いレンガ造りの家で、桜の木が立つ素敵な庭がある。
トムじいさんは野良猫だった僕にごはんと居場所をくれた優しい人間。トムじいさんが居れば、僕は何もいらない。
いつも用意してくれるシチューと細切れのパン、コレが僕のご馳走だ。
「今日はな、時計屋の看板と橋の手すりを塗り直したんじゃが。腰が痛くなってな。もうそろそろ、仕事も潮時だなぁ。ペンキ屋を辞めたら、二人で旅行にでも行こうか。なぁエルム。」
おじいさんはいつも笑顔で、僕に話しかけてくる。
ニコニコと今日起きた出来事や体の不調を伝えてくれる、けど僕は何も返事が出来ない。
ニャーとかしか返事できないのに、おじいさんには何か伝わっているのか「そうか、そうか。」と頷いている。
不思議だけど僕の伝えたいことが伝わっているのなら嬉しいな。
おじいさんは毎日夕方の六時には食事を済ませて、夜の九時には眠ってしまう。
僕はそのおじいさんのベッドに登り、寝息を聞きながら好きなところで眠る。
ベッドの端や枕元とか色々悩むけど、でもおじいさんの腕のそばが僕は一番落ち着く。
おじいさんが眠ったのを見届けて、僕はいつも眠りにつく。
トムじいさんはそれから朝の五時には起きて、庭の水やりとか新聞を読んだりする。
一通り終わったら朝ご飯を作って、仕事の準備をする。
僕をブラッシングしてからその日の現場に向かう。
ちなみにお嫁さんは居ないみたいで、ずっと一人で暮らしてると僕に話してくれたことがある。
話をしてくれているおじいさんは少し寂しそうで、心配になったのをよく覚えている。
この家で住み始めて五年、毎日変わらない日々を過ごす僕とトムじいさん。
春には庭にある桜の木でお花見をして、夏には木陰で涼みながら空を眺めて。
秋には月を見て、冬は暖炉の前で暖まる。
トムじいさんがくれた幸せは、五年間野良ですごした僕にとって、正に天国だった。
この日々が、ずっと続くと思ってたのに。
ある日、トムじいさんは帰ってこなかった。
その次の日も、その次の日も。ずっと待ってるのに、帰ってこない。
でも僕がここから居なくなったら、帰ってきたトムじいさんが心配しちゃう。
だからずっとここで待っていたのに、結局二週間してもトムじいさんは帰ってこなかった。
――もう待ってられない、トムじいさんを探しに行こう。
思い切って窓の隙間から家を飛び出し、街中を探し回ったけど何処にもいない。
時計屋さんや橋の上、大きな看板の前に公園のベンチ。
お仕事をしていそうな場所を探し回ったけど、おじいさんの影も形もない。
――何処行っちゃったんだろう…心配だよ。
そう思ていたら、街の中心にある大きな広場にあの月まで伸びる塔が現れた。
レンガ造りの大きな塔が広場にそびえ立っていて、その根元にある扉がゆっくりと開き始めた。
――〝失くしたもの〟が見つかるなら、あの塔に登ればまたトムじいさんに会えるかもしれない !
そう思った僕は塔の中に飛び込んで、上へと続く螺旋階段を駆け上がった。
上がっている人たちを掻き分けて、ひたすらに上へ上がっていく。
途中フラフラしたりもした、しばらくご飯も食べてないし、街中探し回ったせいで体力も限界だったけど。
僕のことより、トムじいさんが心配だ。早くトムじいさんを見つけないと。
足腰が悪くなってるトムじいさん、暑いのが苦手でいつも休憩ばっかりしちゃうトムじいさん。
僕の灰色の毛並みを撫でながら「綺麗だね。」って笑ってくれるトムじいさん。
いっぱい僕に幸せをくれたトムじいさん。
居なくなったら、僕……恩返し出来ないじゃないか。
この塔の上に行けば、トムじいさんが帰ってくるかもしれない。
それだけで、僕は頑張れる。だから、早くいかないと。
……どれくらい上ったか分からないけど、どうやらもう少しで頂上みたいだ。
最後の階段を上り切ると、開いた扉から灰色の地面と黒い星空が広がってる。
――ここが、月なんだ。…少し歩きにくいな。
辺りを見回していると、奥の方から白いウサギさんが現れた。
『どうもどうも、何かお探しでしたか?』
――どうしよう、人の言葉を話すウサギさんだ。僕の言葉…通じるのかな。
『えぇ、大丈夫ですよ。私たち月のウサギはどんな言葉もこの長い耳で聴きとれます。心の声もね。』
――あの、トムじいさんを探してるんです。
『トムじいさん ? それは人間かい ? 』
――そうです、僕の主人で…大事な人なんです。ここに来たら、〝失くしたもの〟に再会できるんですよね ?
『今だけなら再会できますよ、そのトムじいさんという方は……お亡くなりなのですか ? 』
――分からないんです、突然居なくなったんで。…亡くなってないと、会えないんですか ?
『ここ〝月〟は死後の魂が行き交う場所、生きている人間をここで探しても会えないんです。もし分からないなら、探してみましょうか ? ここに居なかったら生きているという事ですし。よろしいですか ? 』
――ハイ、お願いします。トムじいさんを探してください。
『わかりました。』と言ってウサギさんは何処かへ行った、空を見上げると暗い空に…青い星。
あれが僕たちが住んでる場所か、うわぁ…凄く大きいんだな地球って。
トムじいさんがお仕事のお見上げに買って来たビー玉みたいに、青と白が混ざり合ってる。
なんて綺麗なんだ……トムじいさんと一緒に見たいな。
気付くと周りには抱き合う人たちや泣きながら握手する人たちが溢れていた。
―――僕も早く会いたい…けど、ここで会うってことは…トムじいさんはもう……。
『あーいたいた、猫さん猫さん。』
――ウサギさん、あの……トムじいさん見つかりましたか ?
『……ハイ、アナタのことを伝えたらとても喜んで居ましたよ。』
ウサギさんの後ろに、僕のよく知る白髪で白いひげを蓄えた、作業着姿のおじいさんが立っていた。


――――― トムじいさん ! ――――


飛び込んだ腕の中は、間違いなくおじいさんのもので。
おじいさんも嬉しいのか、僕を力強く撫でてくれた。
「エルム、お前さんそんな声だったのか。中々かわいらしいじゃないか。」
――僕の声が聞こえるの ? 何を言ってるか分かるの ?
「あぁ、分かるよ。エルムの声が頭で理解できるよ……ごめんな、黙って居なくなって。」
――いいの、おじいさんに会えたし…もういいんだ。心配したんだよトムじいさん。
「ごめんよ、ごめんよエルム。……ここまで来てくれて、ありがとうな。」
――この塔で月までたどり着けたら失くしたものに出会えるって、本当だったんだね。
「その様だな……にしてもエルム、お前こんなに軽かったか?」
――おじいさんを待ってたら、ご飯を食べるの忘れてて。帰ったら、一杯ご飯食べよう !
「……エルム、ワシはもう地球には帰れん。」
――どうして ? 死んでても、帰れるでしょ ?
「人は体が無きゃ地球では生きていけないんだよ、だからこうして天国と地球の真ん中にある月で再会できるんだ。」
――僕嫌だよ、おじいさんが居ない地球で暮らすなんて……寂しいよう。
「……ごめんな、ワシが勝手に亡くなったばっかりに。」
トムじいさんが居ないあの家に帰っても、もう僕の好きな居場所じゃない。
そこに帰るぐらいなら、僕はトムじいさんのそばに居たい。
『失礼ですが猫さん、アナタもう死んでいますよ。』
――え ? ……僕って、生きてないの ? どうして ?
『おじいさんを待って、探し回って。相当衰弱していたんでしょうね。
先ほど別の方が、階段の途中で倒れているアナタを抱えて上って来られたんですよ。』
「エルムは、……死んでしまっているのかい?」
『その様で、この度はご愁傷様です。』
――そしたら、おじいさんと一緒に居ていいの?
『ええ、勿論。ここは天国の手前、生と死の狭間にある〝月〟ですよ。ごゆっくりとお過ごしください。』
「そんなになるまで……、ワシを探してくれたのか。」
――当たり前だろ、おじいさんは僕の家族なんだから。
トムじいさんはそのまま、僕を抱きしめて離さなかった。
強く抱きしめて、涙をこぼしながら「ありがとう、ありがとう。」と呟いていた。
孤独だった僕とおじいさんの最後は、あの庭で見上げた月の上で、抱きしめ合う姿だった。


【あとがき】

最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。

〝お盆〟近いなぁとか考えていて、何か死んだ人が帰って来るような話を考えたんですが…ちょうど8月2日って「バニーの日」って言うらしいですね。その日にあやかりたいとも思い、ウサギ=月とお盆を掛け合わせたらこういう設定に行きついて。ちょっとだけ気に入って居ます。
少しロマンチックに書けていたら嬉しいですね。

力量不足では当然あるのですが、
最後まで楽しんで頂けていたら本当に嬉しく思います。
皆様、ありがとうございます。

そして、僕の投稿を読んでくださる皆様。
本当にありがとうございます。
まだまだ頑張って書きますので、宜しくお願い致します。

次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。

カナモノユウキ


【おまけ】

横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。


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