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「香りの器 高砂コレクション展」@パナソニック汐留美術館の所感

東京都・パナソニック汐留美術館に於いて2021年3月21日(日)まで展示中の「香りの器 高砂コレクション展」に行ってきました。

圧巻の美しい香水瓶コレクションや、多種多様な香道具を見られる素晴らしい展示で、未見の方には是非おすすめしたいですが…

香道に関わる人間として、「蘭奢待」として展示されている香木について重要な課題を感じる点もありましたので、併せてここに記載しておきたいと思います。

「香りの器 高砂コレクション展」とは?

本展「香の器 高砂コレクション展」とは、日本トップクラスの香料メーカーである高砂香料工業(株)が持つコレクションの中から、膨大かつ多種多様なデザインの香水瓶を中心に、香りに関する資料や作品を展示するものです。

▼「香りの器 高砂コレクション展」|パナソニック汐留美術館
https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/21/210109/index.html
※2021年3月21日(日)まで開催中。水曜定休。
※現時点では予約不要ですが、状況に応じて時間や受付方法等に急遽変更が生じる事もあるので、事前に公式サイトをチェックして行く事を強く推奨します

美しい香水瓶の数々に加えて、古い香水のポスターやカタログなど当時を窺い知る事ができる資料まで展示されており、特に、香水や西洋アンティーク、ガラス・陶磁器製品がお好きな方におすすめしたい企画展です。

「香りの器展」には一部、日本の香文化コーナーとして、香道具や香道の伝書なども展示されています。香水や西洋アンティークをメインとして鑑賞しつつも、和の香りの文化・香道にもちょこっと触れる事ができる、という展示構成になっています。

※高砂香料コレクションは、本当に充実した香料史の史料の宝庫です。「香りの器展」の展示作品以外にも多数の香道具コレクションがあるため、相対的には「ちょこっと」ですが……それでも、結構な点数とバリエーションがあります。

【公式動画あり】展示の様子とおすすめポイント

今回の展示は、香水関連の一部コーナーにおいて撮影OKのエリアを設ける素晴らしい取り組みがありましたが、現在は混雑防止の観点から、残念ながら撮影が禁止されているようです。

しかし、公式に提供されている下記のYouTube動画では、撮影NGのエリアも含めて展示の様子が公開されていますので、そちらをご紹介いたします。

「香りの器展」は、高砂香料の圧巻の香水瓶コレクションを中心とする展示ですが、目黒の庭園美術館などから当時の家具・調度品を借り受け、併せて展示するコーナーを設けることで、これらの美しい香水瓶が作られた当時の生活環境の一端を想像させる試みがなされていました。

展示作品である香水・香水瓶が実際に販売されていた当時のポスターやカタログも併せて紹介している点とも親和性が高く、当時の雰囲気を伝えようとする興味深い試みがとても魅力的でした。

展示空間の工夫を味わうことを考えれば、(色々と困難な状況ですので)無理のない範囲で、ぜひ現地でもご覧になって頂きたいです。

香道関連の見所・良かった点

香道に関して言えば、展示会の告知ポスターがほとんど香水瓶である事からも分かる通り、本展「香りの器展」のメインではありません。香道という文化を少し味見するという形式ではありますが、技巧面も優れた香道具や、香道具や伝書の実物を見ることができる点は大変素晴らしいものです。

先程の公式動画を見ても、結構な点数の香道関係の作品・資料が展示されている事がお分かりいただけることでしょう。あくまで1コーナーではありながら、結構な点数があります。

現代は世界的にもデジタルコレクションの拡充が進んでいるのは、現地の訪問が難しい方への機会均等や教育研究の促進という面でも素晴らしい事ですが、現物からでなければ得られない情報もあるので、やはり現物を見る機会は変わらず貴重なものです。

今回のように、西洋風の香文化に関心のある方に対して、日本の香文化を併せてご紹介する試みは素晴らしいものだと思います。

香りの器展では、代表的な香道具である十種香箱(香道具セット)の名品や多種多様なお香の道具も展示されているので、ぜひ色々な十種香箱とも見比べてみてください。

国内・海外の美術館が所蔵するパブリックドメインなど掲載可能な香道具の画像を使用し、インスタのアカウント(@madoka_incense)を新設して、香道の視点から紹介・解説しています。
日本の香文化・香道や、漆・蒔絵などの美術工芸品に興味のある方はぜひご覧になってください。

香道関連の展示の課題・改善点

本展は、香道具や伝書の現物を見る貴重な機会であることは間違いありませんが、フィクションをフィクションと理解した上で楽しむ漫画やドラマの世界とは異なり、美術館・博物館は、学術的研究及び教育を担う場でもあるという側面を鑑みれば、今回どうしても言及しておかなければならない課題も見受けられました。

具体的には、本展で「蘭奢待」として展示されていた香木の小片は、とても正倉院の蘭奢待とは言い難い別物であるにもかかわらず、それに関する説明が、一切されていなかったことです。

前述の美術館・博物館の役割を考慮すれば、例えば「伝紀貫之」(=紀貫之が書いたという伝承や記名があるけれど、本当に紀貫之が書いたとは言い難いもの)と、大人の事情を考慮した不可思議な表現を用いてでも、展示する作品の真贋には留意していることからも、一般に織田信長の切り取り事件などで知られている、あの正倉院の香木「蘭奢待」(別名・東大寺)と、同一とは考えにくい代物である事は、キャプションと共に明記しておく必要があったと考えます。

個人的には、もし本展の訪問者が、香道についてそれなりに知識のある一流の香人や香道や、茶道などの香道と関連の深い専門家ばかりであれば、省略しても構わないと思います(この件を知らない人間であれば、香道の専門家とは呼べませんので、そのように来場者が絞られた場であれば、知っていて当然で済ませる事もできると考えられます)。

しかし、本展は香道の専門家を対象にした展示ではありません。来場者の大多数は、香道について専門知識を持たない人である可能性が高いと考えられます。

また、たとえ縄文土器や印象派絵画など何らかの美術工芸の専門家であっても、香道についてよく知らなければ、自力でその真贋を見分けることは極めて困難です。

数々の本物の作品と共に、真贋について何の注記もないまま「これは蘭奢待です」とだけ書いて展示されていれば、これが正倉院の蘭奢待だと誤認したままの状態で広まってしてしまうのは、無理もないことです。

本展の開催に当たっては、複数の香道関係者が開催に携わっている様子を鑑みても、香道は専門外である美術館や美術館系のメディア、作品提供者側の問題ではなく、監修或いは参考意見を求められた専門家として、本来するべき指摘をしなかった香道界側の課題であることは言うまでもありません。

このような困難な状況の中、時間や労力を割いてお金を払って作品を見にきて頂いている来場者の方々や、先日最終回が放映された大河ドラマ『麒麟がくる』にも描かれたばかりの時期だけに、「あの有名な蘭奢待が出ていた!」と善意で広めてくださっている方々に対して、あまりにも不誠実な解説や情報提供をしたまま放置しているのは、どう考えても私達、香道の世界にいる人間の過失です。

念のため補足しておきますが、贋作や偽作も、史料として貴重であることには違いありません。実際に「伝○○筆」(=○○が書いたと伝承があるけれど真実かは不明)の作品であり、本人の作ではないと思われる作品が国宝に指定されているケースも複数あります。正倉院の蘭奢待ではない別の香木であったとしても、それ自体が史料としてはとても貴重です。ただし、それは史実の真贋をごちゃ混ぜにすることを肯定する免罪符ではありません。

特に今回、蘭奢待として展示されている香木は、源頼政の伝来と香包に記されている点から、江戸時代にある流派のトップが正倉院の蘭奢待だと偽って、門人に分配したり、大名家に献上したりして全国各地に配られた伽羅の香木である可能性が高いものです。

少なくとも、由緒正しい代物として、無批判に正倉院の蘭奢待と同一或いはそれと誤認する形で扱うべきではありません。教育・研究の場でもあることを踏まえれば、専門外の方が誤認しないよう、注釈をつけておくことが望ましいものです。

香道の専門家を語る以上は、それをきちんと説明する役割を担い、専門外の方や一般の方々からの依頼に対し、史実に対して誠実に監修を行うこと。それが本来、私たち香道関係者が、お香という文化を守り伝えてきた先人と、現代と後世の人々に対して多少なりとも負うべき責任です。

既に誤った情報が各所で広まってしまっている様子も見受けられた為、香道という文化と史実への誠実性という点から、見所に加えて、私たち香道界に起因する課題についての厳しいコメントを添えざるを得ませんでしたが、前述の通り、素晴らしい展示作品や見せ方の工夫もなされた見るべき展示であることには変わりありません。

是非とも時間を見つけて足を運んで頂きたい展示であると同時に、本展をご覧の方々には、どうかこの点に留意した上で、鑑賞を楽しんでいただきたいと思います。

香道について学びたい人におすすめの本

香道と日本の香文化について知りたい方には、2019年に亡くなった松原睦先生が雄山閣から出版している「香の文化史」が、良心的かつ根拠のある情報をまとめた入門書として推薦できます。

私が生前の松原先生に、香道の伝書の研究についてとてもお世話になったことは事実ですが、教え子という贔屓で紹介しているわけではなく、中身を読んで頂ければ、公平に見てもこの一冊が大体の基礎を身につけることができる良著であることは、十分にご理解いただける事と思います。

また、基礎を身につけてもう少し深掘りしたいと思った時には、引用元や参考文献がきちんと紹介されているので、それらに当たってもう一歩先まで学ぶこともできる点でも優れています。香道に興味のある初心者の方は勿論、香道について何か書くことになった美術ライターさんや記者の方にもおすすめできます。

香道界に起因する課題を除けば、技巧にも優れた素晴らしい十種香箱の逸品や、香枕、香割道具など、多種多様な香道具をコンパクトに見られる素晴らしい展示会であると言えます。

ぜひ無理のない範囲で、現地に足を運んで頂ければと思います。

見たいけど行けない・行けなかった人には図録がおすすめ【全国書店で購入可】

動画で雰囲気を味わいつつ、図録を購入して、大きく綺麗な画像で鑑賞するのがおすすめです。たくさんの美しい香りの器を拝見することができます。

パナソニック汐留美術館の公式サイト(https://panasonic.co.jp/ls/museum/catalog/index.html#how-to-order)はもちろん、一般のリアル店舗の書店での取り寄せや、書店通販サイト、Amazonなどのオンライン通販でも購入可能です。


皆様がご健勝にて、香りの文化に触れて楽しめることを願っています。
時節柄お体を大切にお過ごしください。

madoka 拝


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