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サリーを待ちながら【八〇〇文字の短編小説 #4

イアンはノーザン・クォーターの一角にあるパブで待っていた。サリーは約束を覚えているだろうか。一カ月ほど前、彼女の二十七回目の誕生日の十九時にここで落ち合おうと伝えた。ただし、もう一度やり直す気があるのなら、という条件つきで。

電気工事士の職を追われて一年が経つ。失業保険暮らしが続く。身をもてあましたイアンは、不安から逃げ出すように夜ごとマンチェスターの街に繰り出し、クラブからクラブへとふらつき歩いた。いかにもマンチェスター的なサウンドトラックが鳴り響くなかでマリファナを吸い、職のない現実を忘れようとした。朝方にサリーと一緒に住むフラットに帰り、テスコで働くサリーと入れ違うようにベッドにもぐり込んだ。

イアン自身もこれでいいと思っていたわけではない。ジョブセンタープラスで仕事を見つけようかとも考えたが、あと一歩が踏み出せず、余計にむしゃくしゃした。

「イアン、なんでもいいから、そろそろ仕事を見つけたら?」

そう話すサリーに苛立ち、ある晩、イアンは灰皿を投げつけた。サリーは泣きながら怒ってきたが、あまつさえ、少し前にサリーの友人のシモーネと寝たことがばれて、火に油を注いでしまった。

カウンターの角で、イアンはホークスのジンジャービールを頼んだ。何杯目かはもうわからない。酔いが回り、頭がぐるぐると回る感覚がする。イアンはサリーと初めて出会ったときのことを思い出していた。四年前のことだ。カフェのコスタで偶然隣の席に座り、ついついブレスレットを褒めたところから会話がはずんだ。何度か会ったあと、サリーが「ねえ、私と付き合わない? 私たちならきっとうまくいくわ」と言ってきた。

イアンはジンジャービールを一気に飲み干した。時計の針は二十一時を過ぎていた。サリーは来ないだろう。イアンにはわかっていた。アルコールとともに体ににじみ込む悲しみを感じながら、イアンは明日荷物をまとめてマンチェスターを出ようと考える。

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