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ヤングケアラーはかわいそう? 大好きなおじいちゃんの介護と向き合った高校生の女の子が今感じること

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。
そこは、子どもたちが親や教員、友だちとも違う人たちと出会い、さまざまな価値観や可能性にふれられる場所。やりたいことが見つかったり、自分の良さに気づくことができたりなど、世界が広がる場所でもあります。

カタリバではこれまで20年間、子どもたちのためのサードプレイスと、親や教員(タテ)や同級生の友だち(ヨコ)とは異なる 「一歩先を行く先輩とのナナメの関係」を届けてきました。
子どもたちがどのようなきっかけで「サードプレイス」に来て、どんな経験をし、何を見つけたのか。これまで出会ったたくさんの子たちの中から、特に印象的だったエピソードをご紹介します。

父親代わりだったおじいちゃんが、ある朝突然歩けなくなった

東京都内の大学に通うソノミさんは、お母さんとおじいさん、弟の4人家族。お母さんはおじいさんが始めたお米屋さんを継ぎ、2代目店主として忙しい日々を送っていました。おじいさんはソノミさんたち兄弟にとってお父さん代わりで、ソノミさんはおじいさんのことが大好きでした。

そのおじいさんが突然歩けなくなったのは、ソノミさんが高校2年生の5月。日課の散歩に行こうとしたら足腰が動かず、立ち上がることができなかったのです。

お母さんがタクシーで病院に連れて行ったところ、医師から「深刻な病気かもしれない」と言われ、そのまま大学病院へ。精密検査の結果「脳梗塞」であることがわかりました。
2〜3年前から認知症も進み、意思の疎通はできるものの、突然人が変わったように怒りっぽくなったり、同じことを何度も言ったりすることが増えていたおじいさん。

医療設備のある施設へ預ける選択肢もありましたが、それには大きな費用がかかります。また、おじいさんは以前から「老人ホームなどの施設には絶対行きたくない」と言っていました。
お母さんはおじいさんの気持ちを大切にしようと思い、在宅で面倒を見ることを決心。この日を境におじいさんの在宅介護が始まったのです。

「米屋の仕事もあるので、本当に在宅介護ができるか不安でした。でも子どもたちが『大好きなおじいちゃんだから協力する』と言ってくれたので、家族で介護することにしたんです」(お母さん)

夜眠れないおじいちゃんに付き添う毎日。体調をくずして学校を休むように

日中はお母さんが店をやりながらおじいさんをケアし、ソノミさんが学校から帰宅したらバトンタッチしてお母さんは家事をする、という生活が始まりました。弟はおじいさんを移動させるときなど、力仕事が担当です。

「学校から帰ってきた後は、寝るまでおじいちゃんの面倒を見ていました。ご飯を一緒に食べ、身の回りの世話をして、おじいちゃんが歩くときは転ばないよう付き添ったり……。
一番大変だったのは、同じことを何度も繰り返し聞いてくること。何度答えても、数秒後にまた聞いてきて、それを延々と続けるのはしんどいときもありました。」(ソノミさん)

家族の就寝は午後11時。しかし、日中に寝ているおじいさんは夜眠れず、夜中に動き出そうとすることもよくありました。そのためソノミさんは朝方まで寝ずに隣で見守るようになり、寝不足が積み重なっていきました。

家族みんなが限界を迎えようとしていたとき、お母さんがテレビをつけると、全国の経済的困難を抱える家庭へパソコンやWi-Fiを提供し、オンラインによる伴走と学びを提供する「キッカケプログラム」が紹介されていて、「パソコンを貸し出してもらえるなら」と申し込みました。

カタリバが運営するキッカケプログラムに参加している子どもの中には、ソノミさんたちと同様に「家族のケア・介護」を担っている家庭も。

そうした子どもやご家族を、介護の専門家も交えてサポートするため、「キッカケプログラム forヤングケアラー」もスタートしています。ソノミさんとお母さんにもそれぞれメンターがつき、定期的に面談をしながらより良い介護の形を探るようになりました。

「最初、ソノミさんは介護については話そうとしませんでした。でもある日、私が家族のケアをした経験があることを話したら安心してくれたのか、少しずつ話してくれるようになったんです」
そう語るのは、ソノミさんにメンターとして伴走したハツネさんです。

それまでは「介護の経験がない人に話してもわかってもらえない」と思い、親しい友達にも介護のことを話さなかったソノミさん。
でも、ハツネさんと定期的に話すようになり、「ずっと1人で抱えていた不安や悩みを話すことができて、すごく気持ちがラクになった」と言います。

とはいえ、寝不足の生活は変わらず。ソノミさんは持病の偏頭痛や胃痛が頻発するようになり、学校を休むことが増えていきました。

「学校の先生に事情を話したら、担任の先生は理解してくれたのですが、他の先生の中には『そんなの言い訳でしょ』と言う人も……。やっぱりわかってもらえないんだと思いました」(ソノミさん)

このままでは家族が共倒れに。学校と介護を両立させるため、ショートステイの利用を開始

気づいたら出席日数がギリギリになり、留年の恐れもあったソノミさん。ハツネさんは「介護の仕方を変える必要がある」と感じ、お母さんのメンターとも相談して、おじいさんをショートステイに預けることを提案しました。

「家族だけで介護することを否定するわけでは決してありません。でも、ソノミさんはもうすぐ高3で受験が始まる時期だったので、今からちゃんと休む練習をしておかないと、家族みんなが共倒れになる危険性もあると思ったのです。それを専門家の方からお母さんにお話ししてもらいました」(ハツネさん)

おじいさんのケアマネージャーさんからも同様の提案を受けていたお母さん。これまではおじいさんが施設に預けることを嫌がっていたので利用せずにいたのですが、「カタリバさんもそう言うなら」とショートステイを試す決心をしました。

ショートステイを利用したばかりのときは、心配で弟と一緒によく施設までおじいさんに会いに行ったソノミさん。しかし、デイサービスも取り入れることで、生活が大きく改善されていったと言います。

「ショートステイとデイサービスにはそれぞれに良さがあって。ショートステイのときは何日か施設で見てもらえるので、何も心配せずに眠ることができ、介護の時間も減って心身ともに余裕がもてるようになりました。また、以前は私が学校に行っている間、お母さん1人だけでおじいちゃんを見ているのが心配でしたが、デイサービスでは日中は施設で見てもらえて、おじいちゃんの帰宅時間が私と同じくらいなので、お母さんも安心して預けられたと思います」(ソノミさん)

何より大きく変わったのは、ソノミさんが学校に行けるようになったこと。以前は週に1回行けたらいいという具合だったのが、介護の負担が減り「今週は週4日も行けた」「1カ月休まず行けた」と急速に状況が変わっていったのです。

ヤングケアラーは失ってばかりじゃない。介護の経験から学ぶこともたくさんある

留年の危機をどうにか乗り越えたソノミさん。しかし、新たな問題が出てきました。ソノミさんの「進学」問題です。

ソノミさんは中学生の頃から環境問題に関心をもち、学びたい学部がある広島の大学へ行きたいと思っていました。しかし「今私が東京を離れたらお母さんがもっと大変になる」と思い、悩んでいたのです。

「ソノミさんは『おじいちゃんも心配だし、お母さんのことも心配』とずっと言っていました。その一方で、自分の気持ちも大事にしたい。それはどれも本当の気持ち。どう折り合いをつけるかは、とても難しく苦しい問題でした」(ハツネさん)

そこでハツネさんは、ソノミさんをカタリバが主催する「YC café(ワイシーカフェ)」に誘いました。YC caféは、ケアラー経験のある人たちが体験や悩みを共有したり、情報交換をするオンラインカフェです。

「YC caféに初めて参加したときに、ある女性と出会いました。彼女は東京でお母さんのケアをしながら生活していたのですが、互いに自立した方がいいと考え、北海道の大学に進学していました。実際に離れてみたら、逆に良いことも多かったとのこと。
私は『介護があるから東京の大学しか行けない』と思い込んでいたので、そういう選択肢もあるんだと視野が広がりました。介護の経験がある者同士なので共感できる部分がすごく多くて、話をしていて楽しかったです」(ソノミさん)

その後、客観的に今の現状や自分の将来などについてじっくり考えたソノミさん。そして出した結論は、意外にも「東京に残る」というものでした。

「環境保護への関心はもちろんありますが、介護の経験を通して心理学に興味を感じるようになったんです。介護を担う子どもの中には、心にゆとりがない子が多いと思います。私自身が介護をやってみてそれがわかったので、そういう子たちの支えになりたいんです」(ソノミさん)

ソノミさんは進路を都内の四年生大学の心理学部に変更。無事合格して、現在はおじいさんの介護をしながら、都内の大学に通っています。将来は病院などで働くカウンセラーになるのが目標だと明るい笑顔で語ります。

「ヤングケアラーというと『かわいそうな子ども』という目で見られがちですが、私は失ってばかりじゃないと感じています。この状況だから学べたことや、経験を通して知ったことがたくさんあります。
以前はおじいちゃんの介護のことしか頭になかったけれど、今は自分もリフレッシュした方がやさしく接することができるのも知りました。これからは、介護と自分のことを両立していきたいです」(ソノミさん)


今、家族の介護をしている多くの子どもたちに、ソノミさんは「介護のことをまずは話してみることが大事」と伝えたいと言います。

「私自身、ハツネさんやYCカフェで介護のことを話せたとき、気持ちがすごくラクになりました。話せる人が1人でもいるのといないのとでは、全然違うんです。
世の中には介護に理解がない人もいるけど、でも、あなたが思っている以上に味方になってくれる人はいっぱいいる。だからまずは、誰かに相談してみてほしいんです」(ソノミさん)

「ヤングケアラーとひと口に言っても状況や家族関係はさまざまで、決してひとくくりにはできません。でも、どんな事情や環境にあろうと絶対大事にしたいのは、介護によってやりたいことを諦めることなく、その子の生活を豊かにしていくこと。
子どもと親の両方と向き合いつつ、子どもたちが自分の人生を大切に生きていけることを第1に考えてサポートをしていきたいと思います」(ハツネさん)

※個人の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています

-文:かきの木のりみ

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