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形式知の次元:言語体系の展開と詩

文章を読むと、その中の語句が指している概念が思い浮かびます。この時、詩のような短い文であっても、豊かな概念が広がります。なぜでしょうか。

この記事では、形式知について掘り下げていくことで、この理由に迫ります。

形式知とは言語や図表に代表される、人とやり取りがしやすい形の知識です。このため、私たちは言語を使ってコミュニケーションを取っています。

私たちの脳は、概念を言葉で表現できるようにします。そして文章を読む時には、その文章に書かれている概念はもちろん、書かれていない概念も思い浮かびます。これは、語句が概念を表しているだけでなく、文法などの言語体系に、間接的に概念を展開する仕組みが働くためです。さらに、その複数の概念同士も相互作用し、別の概念も広がっていきます。

例えば「私の傘は踊っていた」という文があったとします。傘を持っている私が踊っている、そして心が弾んでいる、そうした様子が浮かぶでしょう。いつもなら憂鬱な雨の日に、それでも踊っているということは、どんなハッピーな事があったのでしょう。

こうして、たった一節の詩であっても、頭の中でイメージが展開されていきます。

また、形式知の性質を掘り下げていくことで、DNAと言語に原理的な類似性があることが見えてきます。

文章から概念が豊かに生み出されて相互作用する様子は、DNAから生命現象が発生することに似ています。DNAは生物の生態系を生み出し、言語は概念の森を形成します。この類似は、単にその外見が似ているだけではなく、共通の原理を持っているためです。

では、形式知を手がかりに、文章の展開や、DNAとの共通点について、以下で詳しく説明していきます。

■パターン認識と連想

私達の脳は、概念を思い浮かべる能力を持ちます。これには2つの方法があります。パターン認識と連想です。

具体的な対象を知覚する事で、その知覚したパターンに対応する概念が思い浮かびます。

例えば、眼の前のものを目で見ることで、それがリンゴなのかオレンジなのか、赤いのか緑色なのか、止まっているのか転がっているのか、そうした概念が認識されます。

視覚だけでなく、音、匂い、味、触覚でも、概念は認識されます。

概念をカプセル化したモデルを見聞きしたり、思い浮かべる事で、そのモデルに包まれた概念も思い浮かびます。これが連想です。

例えば、家を設計するときに、ボール紙で小さな家を作ることがあります。サッカーチームがフォーメーションをみんなで考えるときに、11人の選手を小さな石ころで表現することがあります。これらがモデルです。実際の家やサッカー選手ではありませんが、モデルを見ることで、頭の中に家や選手の形状や配置をイメージできます。

パターン認識のためにはパターンを学習する必要があります。そのパターンを持つ対象を何度も知覚することで、パターンと概念の間の関係を学習することができます。予めパターンと概念の関係を学習しておくことで、パターン認識ができるようになります。

連想は、概念をカプセル化したモデルを記憶しておく必要があります。パターンとは違って、モデルは単純化されているため、モデルと概念との関連付けは、比較的容易に記憶できます。予めモデルと概念を関連付けて記憶しておくことで、連想ができるようになります。

■モデルとしての語句

形式知はモデルです。モデルとは、対象の概念をカプセル化という手段で抽象化して、表現したものです。

なお、抽象化には2種類あります。1つは包含型の抽象化です。これは対象の概念を包含するようにカプセルに包みます。もう一つは継承型の抽象化です。異なる対象の細部をそぎ落とすことで共通の概念を抽出して、それをカプセルに包んで抽象化を行います。

モデルとしての形式知の代表格は言語における語句です。語句はモデルの性質を持っています。語句には単語や熟語や慣用句などを含みます。

正確に表現すれば、概念をカプセル化したモデルに付けられたラベルが語句です。リンゴ、赤い、走る、などの語句は、それぞれの概念のモデルに貼られたラベルです。

語句とモデル、そしてそこに包まれた概念が関連付けて記憶されることを意味します。この記憶があれば、語句を見聞きしたり、思い浮かべた時に、関連付けられた概念が連想されます。つまり、個々の語句を認識すると同時に、頭の中に概念が思い浮かぶのです。

■メカニズムのシミュレーション

私たちの脳は、概念を思い浮かべるだけでなく、メカニズムも思い浮かべることができます。

メカニズムは、概念を包んだモデルに対して作用する法則も含みます。この作用により、モデルの形や動きや性質が変化し、動的な存在です。私たちは、頭の中でモデルの動きや変化の様子を順々に思い浮かべることができます。これは頭の中でメカニズムを理解して、それをシミュレーションしていることを意味します。

例えば天井から紐で吊り下げられた重りを、手で押して離すと、しばらく左右に往復運動をするという法則があります。これが振り子のメカニズムです。私は、このメカニズムを頭の中に思い浮かべることができます。振り子の動きをシミュレーションできるわけです。これも脳の働きです。

メカニズムをシミュレーションすることで、未来や未知のものを予測することができます。また、現実を離れて空想やフィクションを想像することもできます。科学や学問の分野では、物事を観察してメカニズムを認識するだけでなく、メカニズムを創造的に仮定して、実験によって確かめることで新しい発見を行う事もあります。

道具を設計する際にも、それが使われる場面をシミュレーションすることで、より良い設計を行うことができます。また、プログラムやシステムの設計の際には、使われる場面はもちろん、コンピュータの内部のメカニズムを想像することが必須になります。プログラマやシステムエンジニアは、コンピュータや周辺機器のメカニズムを理解し、頭の中で正確にシミュレーションする能力を持っています。

■メカニズムとしての言語

形式知は、メカニズムの性質も持ちます。メカニズムとしての形式知の代表格は、言語です。

言語は、語句と文法から成り立ちます。語句はモデルに着けられたラベルであることは既に説明しました。文法は、語句に作用する法則です。語句にラベル付けされたモデルと、文法という法則を持つメカニズムが、言語です。

文はひとまとまりの語句の連鎖になっています。文法は、文に含まれる語句と語句の間にある法則として作用します。

文を見聞きしたり、頭の中で思い浮かべた時に、私たちの頭の中に言語のメカニズムが働きます。「振り子が揺れている」という文を見ると、頭の中で振り子が揺れている様子を思い浮かべることができます。しかし、この例文は単に振り子のメカニズムのシミュレーションの説明になっています。

「振り子も揺れていたかもしれない」という文ではどうでしょうか。振り子以外の存在の暗示、過去の出来事という時間の存在、観測されていない事象を推測している著者の存在など、より多くの概念が思い浮かぶと思います。また、前後の文を含めた文脈によっては、存在だけでなく意味や感情も暗示することができそうです。これは、単に振り子のメカニズムだけでなく、より広い概念を認識させる文になっています。

そこには、言語自体で持っているメカニズムがあります。私たちはその言語のメカニズムをシミュレーションすることで、そこに暗示された存在、意味、感情といった幅広い概念を認識することができるのです。

■体系の展開

先ほど、言語のメカニズムのシミュレーションという表現を使いました。この表現には違和感があると思います。より適した表現で言えば、言語の体系の展開といった方が良いでしょう。

体系は、モデルと法則を含んだものです。メカニズムは体系の一種で、時間によって変化する法則を持ったものです。

展開は、モデルに法則を当てはめて、モデルを変化させていくことです。シミュレーションは体系の展開の一種で、同じく時間に従って変化してく様子を認識することです。

私たちの脳は、メカニズムのシミュレーションと同じ機能で、体系を展開することができます。

「振り子も揺れていたかもしれない」という先ほどの文をもう一度見てみます。この文を展開すると、例えば以下のような文が思い浮かびます。

「振り子以外に揺れていた存在があった」
「過去に時間においての振り子を思い浮かべている」
「著者は振り子のことを直接見ていなかった」
「著者に振り子が揺れていた可能性を感じさせる事物があった」

これは、メカニズムを知っていれば、ある対象の未来や過去、周辺の状況などもシミュレーション的に想像することができることと似ています。例えば、実際に揺れている振り子を見た時に、その振り子がしばらく揺れ続けることを想像するだけでなく、いつから揺れているのか、誰が揺らしたのか、ということも考えると思います。

文の体系を展開するのも、これと同じ思考方法です。文が直接表現している事の他に、時間的、空間的、存在や感情などの周辺にも思考が及んでいきます。

■形式知の効用

メカニズムや体系を把握し、それを展開するスキルを身に着けると、このように少しの情報を与えられるだけで、幅広く思考を広げていくことができます。

言語のような形式知は、その体系を理解した人同士では、わずかな情報で幅広い概念を伝達することが可能です。語句が概念を端的に伝えることを可能にし、文法が短い文から多くの概念を展開することを可能にするためです。

他者とのコミュニケーションだけではなく、自分の中の思考にも、言語のような形式知はとても役に立ちます。

まず、表記法を伴った形式知であれば、書き留めて記録しておくことができ、後から読み返すことができます。また、頭の中ではうまく整理できなくても、書き出していくことで思考の整理が進みます。言語で言えば、文字が表記法です。

また、自分の中で思考する場合でも、形式知に基づいて思考することで、広く深い思考が可能になります。形式知を用いて思考することで、体系を展開することで新しい概念や概念同士の関連付けを見つけることができます。そして、そうして見つけた概念同士の新たな関連付けを記憶することも形式知であれば容易です。こうして、思考が広がり、深まっていきます。

特に、言語は、幅広い概念に適用できる最も汎用的な形式知です。複雑な構造を表現する場合には、図や表などの他の形式知の表現方法と併用する方が適切な場合もあります。それでも、言語が持つ総合的な力は、他の形式知よりも大きなものです。

■言語体系の展開、そして詩

この記事では、形式知について掘り下げて考えました。形式知は単なる、概念の記憶ではなく、進化と発展性のあります。それを支えているのは、形式知が体系を持ち、脳が体系を展開できる能力を持っていることによるものだというのが、この記事の結論です。

元となる概念から、体系に沿って展開することで、新しい概念を形成されます。その媒体として、形式知が機能しているわけです。そして、最も汎用的な形式知が、言語です。

言語に含まれる語句とモデルの紐づけを記憶し、文法による文の展開方法を習得することで、言語のスキルを持つことができます。そして、文が与えられたら、そこに含まれる語句に紐づいたモデル、そしてモデルに包まれた概念を思い浮かべます。そして、文法に従って文を展開していくことで、直接含まれていないモデルと概念も次々と思い浮かべることができます。

加えて、そのモデル同士に働く体系やメカニズムも把握している必要があります。それを把握していれば、体系を展開したりメカニズムをシミュレーションすることで、頭の中で浮かんだ概念群が、さらに広がりを持ちます。

例で挙げた「振り子も揺れていたかもしれない」という一節の詩のような短い文から、私たちが想像を広げていくことができるのは、こうした脳の働きによるものです。そして、言語についての理解や、世界についての理解の広さや深さが、1つの文からより多くを想像できる力を生み出します。短い詩が、多くの想像を広げるのは、こうした作用が一面として働くためだと考えられます。

■形式知と遺伝子

言語に代表される形式知は、展開を通して広大な概念とその連関を脳の中で広げていきます。そして、形式知が生み出した概念群は、新しい形式知を生み出すことがあります。

それが既存の形式知では容易にカバーできなかったり、さらに広い概念に展開できるものであれば、強く脳は記憶します。これがひらめきの作用です。新しい有用な概念を忘れないように、脳が強く反応するのです。

この形式知が概念群を展開する様子、新しく生み出される様子、そして形式知が他者に伝播していく様子は、遺伝子にとても良く似ています。

遺伝子も、展開されて生命体や生命現象を生み出します。遺伝子同士が作用し合って新しい遺伝子が生まれ、自然選択で選別されます。そして遺伝子は、自己複製していきます。これは生命体に広く伝播しくという見方もできるでしょう。

言語に代表される形式知も、遺伝子も、共に展開し得る体系なのです。

■さいごに

この記事で私が整理したのは、脳の処理の離散的な側面です。それは、物質の三態で言えば固体のようなものです。このため、要素還元的なアプローチで分析することができました。物理で言えばニュートン力学です。この離散的な性質が、形式知を成り立たせています。

この他に、脳の処理には、連続的な流体のようや側面や、スパースな気体のようや側面もあります。これらは、物理で言えば、流体力学や熱力学です。これらは、感情や直感のような感性、空想力や想像力のような知性が持つ能力に関与しているのではないかと考えられます。そこでは暗黙知が取り扱われているはずです。

さらに、脳は無意識下で重ね合わせ状態も扱います。ニューラルネットは、多層的に接続されますが、一つの層が多数のニューロンを持っている事は、多数の状態を重ね合わせたままで処理を進行させているということです。これは物理で言えば量子力学です。これはパターン認識やパターンに基づいた無意識下での判断や行動に応用されていると考えています。

今後、こうした側面についても、分析をしていきたいと思います。

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