見出し画像

【短編小説】夢幻仏


牡丹の花が二、三弁、べんべんと落ちた。
僕は袈裟を纏ったまま、人差し指を真っ直ぐに鼻の前に立て、広漠とした白い空白の中で息を吹いた。

雨が降る。
僕は空白から出る。

僕は黄泉の暗がりに身を凝らす。輪廻の鎖を断ち切って、僕はここまで来た。僕は目を覚ます。

気がつけば、僕は畳の上に立ち尽くしている。薄暗いお堂の畳の上に僕は立ち尽くしている。
辺りに芳香の匂いが立ち込め、仏壇は錆びれている。掛け軸は乱れ、幡は汚れている。

僕は目前の襖を見つめる。僕はその襖を開け放つ。僕は畳に出る。僕は畳を越して襖を開けはなつ。また畳の上に出る。

僕は身を乗り出して、襖を突き破り、畳の上に身体を打ち付ける。頬が畳縁に擦れる。障子は破れ、蓮の花が畳の上に散り乱れる。芳香の薫香が立ち込める。
僕の目の前にはまた襖がある。

僕は額を畳に擦り付け、胴を震わし、乱れながら、襖を破る。

襖を開け放つ。襖を開け放つ。僕は泣き乱れ、突き破っていく。

すると目前に庭が現れる。

庭先には御仏がまします。
光明が差します。
僕は涙をはらはらと流します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?