本

読書ギライの本屋デート

読書が好きだ。

これは、「本の虫」と呼べるほど、常に書籍を携えていた、父の影響だ。

ドラゴンや魔法が登場する、海外のファンタジー作品が好きな父にたいし、私は現代日本が舞台の一般小説を好んで読んだ。

くわえて、個人的に「ななめ読み」と表現している読書法をしていた。

小説の舞台が奈良県なら、奈良の歴史本も読んでみたし、主人公がバレリーナなら、『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』の戯曲も手にとってみた。

1冊の本をきっかけに、作品に関連する知識へと、見聞を広げる形式の読み方をするのだ。
これもまた、父の教えがきっかけになり、そのまま習慣化した。

「ななめ読み」愛好家にとって、大型書店は至高の場所だ。

タイトルや表紙で気になった小説を1冊購入し、店内のカフェスペースやフリースツールで読みはじめる。

そこに、「チリ産のワインがおいしい」と書いてあれば、「趣味・お酒」のコーナーに出向き、最近のワイン界のトレンドを、有名ソムリエが解説した書籍などを立ち読みしてみる。

興味がわけば追加で購入するし、ふーんで終われば本棚にもどす。

ちなみにこのときは、ヨーロッパ産のワインに対して、チリやアメリカで生産されたワインを「ニューワールド」と呼ぶことを知った。

なるほど、ワインといえばフランスが最上位という価値観が近年は崩れてきて、価格は控え目だが味は劣らないニューワールドワインが人気なのだな、と作品の背景に納得する。

帰宅途中のスーパーでチリ産のワインを1本買い、自宅で飲みながら小説の続きも味わった。

ネットで検索したほうが、これらの情報は格段にはやく手に入る。

しかしながら、仕事ではなく趣味としての調べものなので、私はあえて膨大な書庫から探し出す手間を採用している。

独身時代、予定のない休日は、「本屋でななめ読み」が定番のすごし方だったのだ。

ファーストデートは価値観のさぐりあい

夫と知り合ったのは神楽坂の街コンで、じゃあ付き合いましょかとなった翌週、上野動物園にいってみた。

動物園のない県で育った夫は、幼児期ぶりにながめる生き物たちに、「虎ってこんなに小さかったかな…あれ象なの?小さい種類??」とサイズの違和感をなんども口にした。

ここに小型の品種が集まっているのではなく、あなたがほぼ倍の身長になった影響で小さく感じるのだ、と指摘しても、ええ、信じられない…と不可解そうな顔をしていた。

気取ったところのない、素直な話し方が、いいなと思った。

アリクイの赤ん坊がかわいくて、オオサンショウウオの擬態待ちで5分ほど無駄にしたことを覚えている。

この辺の、「生き物のつたなさをかわいく感じる」ことや「擬態みたさで意地になって待ちたくない、せいぜい5分が限度」という価値観が一致したもの、嬉しい発見だった。

動物園デートはそこそこ成功と呼べそうだったが、なにせ12月。
ほぼ屋外で、風通しのよい敷地内は、あたりまえだが寒かった。

そのため、動物たちの昼寝タイムにあわせて、私たちもどこか室内で一息つこう、となったのだ。

カフェ難民になりがちな上野の穴場スポットである、TSUTAYA書店1階のタリーズに腰をおろした。

ふだんコーヒーショップにはこないという彼は、出てきたエスプレッソカップの小ささに、心底驚いた表情だった。

「…え、なにこれ…。シルバニアファミリーのカップじゃん…あ、モニタリング?」

あなたのような素人をだまして誰が得をするのか、とは言わずに、私もはじめてみたときは小さくてビックリしたよ、なんてフォローする。

なにせ初デートなので、そうとう手加減していた。

彼はしばらくキョロキョロしてかくしカメラを探していたが、「自分の人間性と器が大きくなったので、動物もカップも比較論で小さくみえる」という結論を語り、満足そうにうなずいていた。

私は、「おかしな人だな、幸せそうで何よりだけど。」と思った。
これは結婚して4年たったいまでも、夫によく抱く感想だ。

このタリーズで、彼はおごるよ、とはいわずに私の注文も一緒に会計し、お礼にかるく「はーい」と応えた。
女性が上座、などのこだわりはなく、近くのイスに自然に腰かけ、やたらに私のルックスや装飾品をほめなかった。

振る舞いが、すごく、ちょうどよかった。

それは、コーヒー豆の焙煎方法と食まわりのウンチクを蓄えていることよりも、ずっと価値のあることだと感じた。

本を読まずに本屋を楽しむ

書店の中のコーヒーショップだったので、ながれで「ななめ読み」の話をしたところ、彼はなんでかやる気になって、よし!今日はダブルチームだ!と本棚スペースにスキップしていった。

偏見であることを承知しているが、彼はそこはかとなく、「本を読まないタイプの人間」にみえた。

「無理にあわせなくていいよ、ひとりのときにくるし」

「だ~いじょうぶ!まっかせて!!」

なにを?なにを任せてほしいというのか。
あと、ダブルチームってなんですか??

暗に断ったのにスルーされ、仕方ないので並んであるく。

一般的なコミュニケーションが通じない瞬間があるのと、彼の思いつきには主語がないことは、いまも変わっていない。

歩きだしてすぐ、売れ筋ランキングの棚に、伊坂幸太郎の新刊が出ていることに気づく。

手にとって目次を読みだすと、彼はとなりにあった『人生が豊かになる62の法則』的なライフハック系自己啓発本をつかんだ。

意外なジャンルいくなぁ~と顔をむけると、彼はページをひらかず、表紙をこちらにみせながら「多い!!多いよっ!人生ががんじがらめになるぅ~!!」と酸っぱい梅干しにふるえる際の表情をした。

あまりにくだらなすぎて、ブフッ!っと吹き出してしまった。

いやいや全部やれって意味じゃないから、好きなのを選んでやればいいんだから、とわかりきった指摘すると、「じゃあ、『62から7つを選ぶための迷わない方法』って本も売れ筋になるじゃん、俺、書いちゃおっかな?」とのたまった。

その後も彼は、書籍のタイトルに独特のツッコミを入れたり、作者の顔写真に「写真でひとこと」のようなセリフをあてがった。

激的に細いウエストが自慢のヨガインストラクターには『ピザくいてぇ~!』。
アップル社の創業社長には『ユニクロと呼ばないで』。

あとは「ベストセラー作品の二番煎じ感だけで勝負する決意をした書籍のタイトル」も熱心に妄想していた。

例えば、『吾輩はコメである。』や『一粒の麦チョコ』などである。

彼の所業は、総じて「レベルが高くない大喜利」なのだが、読書好きの私にとって、「本屋で本を読まずに楽しむ」を実現しているようすは、いい意味でショッキングだった。

私にとって書籍とは、その内容にこそ価値があり、読書は「知性をともなう娯楽」だった。

しかし彼は、ひたすらにガワの情報だけをキャッチし、内容には目もくれない。読んでいないのに、本を味わっていた。

浅いとか、軽薄だとか、思うだろうか。
たしかにそうだが、「深い」が善など、決まっていない。

彼の柔軟さは、頼もしさにも、似ていたのだ。

2時間ていどそうしてすごし、たくさん笑ってバイバイをする。
未練がましくない、さっぱりとした、いいバイバイだった。
彼は「楽しかった?」と聞かなかった。
かわりに「またいこっかー♪」と弾むようにいう。

すごく、ちょうどよかった。

寒さがやわらぎ、本をとじて、でかける季節がやってくる。
この日とおなじ弾む声で「結婚しちゃおっかー♪」を告げられたのは、3ヶ月後のことだった。


記:瀧波 和賀


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