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「指先ひとつで愛も死も」

 得体の知れない感染症に世界中が毒され、気の滅入る日々。「現場は無いけど、ご飯でも食べようよ」と千秋から美与子へ誘いがあった。半年ぶりの待ち合わせ場所は、二人が好んでよく食べているタイ料理のお店。

「ほら、ご飯きたよー。好きでしょ、カオマンガイ」
「……んー」
「またツイッター見てるの?」

 呆れ顔で尋ねる美与子へ生返事をしながらも、画面から目を離さない千秋。

「推しからいいねが来ない……」
「そりゃあんたと違って四六時中見てる訳じゃないんだから」
「まあそうなんだけど、指先でちょっと押すだけで馬鹿な女はしばらく幸せになれるし応援し続けようって思うのよ。ちょろいもんじゃない?」

 首を傾げてみせる千秋に、まあね、と美与子は溜め息を吐いた。元々アイドル好きで仲良くなった二人だが、大手事務所の彼らは公式SNSを持たない。千秋が夢中になっているのは所謂地下アイドルだ。ライブの後に感想を呟けば返信が貰えるし、公演のお知らせがDMで送られてくる。深夜に放たれては朝消されている千秋の病みツイートは、美与子にとっては深入りのし過ぎだった。

「ほんと、指先ひとつで、生かすも殺すも自由な時代になったなって。『指殺人』って言葉、知ってる?」

 千秋の問いかけに美与子は顔をしかめてみせる。

「知ってるよ。顔が見えないからって、好き勝手にしすぎだよね。悪口が直接沢山の人から届くなんて、辛すぎるよ」
「ほんとだよね……でもさ、」

 サービスの揚げ菓子を摘みながら身を乗り出してくる千秋の勢いにたじろぐ美与子。

「一押しで殺せるの、今に始まったことじゃなかった。アメリカがミサイルのスイッチを押したら、日本なんて吹き飛んじゃうって」
「ああ……なんか聞いたことある」
「北朝鮮はどうなのかな」
「いつもの届かないミサイルが実力なのか、あれはフェイクで実は凄い力を持ってるのか、解らないよね」
「嫌だなぁ、死にたくないなぁ」

 身体とは対照的にのんびりと呟きながら、千秋は揚げ菓子を口に入れる。さくさくと噛み締める音が美与子の耳に心地よく響く。

「あ、これ美味しい! みよちゃん、ほら」

 満面の笑みを浮かべた千秋が揚げ菓子を差し出している。その、摘んだ先のジェルネイルの美しさを、美与子はぼんやりと見つめていた。そんな綺麗な指先で、汚い言葉なんて綴らないで欲しいよ。

「もしかしたらもう菌持ってるかもだし、移さないようにしないと。指まで食べないでね!」

 ふざけてみせる千秋に笑顔を作ってみせながら、美与子は慎重に言葉を選ぶ。

「食べちゃうかもだから、自分で取るよ(笑)」
「あ、そうだよね。ごめんごめん」

 千秋は照れくさそうに、摘んだ菓子を口元へ運ぶ。美与子の目にはそれがスローモーションの如く、一場面ずつ鮮明に映った。

 役割を終えた千秋の指先が唇に触れ、舐めとられる。

 それが私の唇なら。

 湧き上がる欲望をかき消す様に美与子は首を振り、一瞬で嫉妬の対象となった菓子を口元へ運んだ。




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