日本を夢と希望と笑顔に溢れた国にする 笑顔人財プロデューサー 竹原義人さん

笑顔人財プロデューサー。7つの習慣実践会ファシリテーター。6年半の鬱病を乗り越え「日本を夢、希望、生きる喜びでいっぱいにする」使命を抱く。アフリカ、アジア貧困地域の旅を通じ、命と幸せの本質を伝えられている 竹原義人さんにお話を伺いました。

プロフィール
世界ナンバー1ビジネス書「7つの習慣」実践会ファシリテーター。NLPマスタープラクティショナー。

20年間(株)マルハン勤務。営業幹部として数々の業績不振店舗を再新再生させる等、売上2兆円企業への飛躍に貢献。13,500人の人財教育も主導。従業員1万人以上企業で従業員満足度1位に貢献し、社員退職率を大幅に下げる。途中、自身の生きる意味、方向性を見失い、6年半の鬱病地獄を経験。鬱病克服後、自身の使命に気づき退社。

現在アフリカ、アジアの貧困地域へ「いのちの旅」を繰り返しながら、今日までの経験をプラスして、講演活動やセミナー講師業の中で「命の本質」「幸せの本質」を伝えている。第11回ドリプラ世界大会2018プレゼンター。

記者 よろしくお願いします。

竹原義人さん(以下、竹原) はい。よろしくお願いします。

「どうしようもなくきつかった6年半の鬱病生活」

記者 竹原さんは、今、講演活動やセミナー講師などで「命の本質」を伝えられていますが、そのきっかけは何だったんですか?

竹原 6年半という長い期間の鬱病生活を克服したのがきっかけです。克服してちょうど3年が経ちましたが、6年半のうちの2年間はほぼベッドの上でした。重度の鬱病で、5感覚のうちの4感覚を失いました。味覚がなくなり、嗅覚もぜんぜん感じず、視界は白黒テレビのように灰色で、耳にはいつも幻聴がしている。痛いという感覚だけがわかる状態で本当にどうしようもなくきつくて、ずっと死にたいと思っていました。

記者 鬱病になった原因は?

竹原 鬱病克服後にわかったのですが、自分に嘘をつく生き方をしていたからです。自己否定の生き方とも言えますね。

幼少時代、僕には、年子の弟と6才離れた妹がいて、事あるごとに「長男だから我慢」を自分に言い聞かせて育ちました。しかし、そのパラダイムとは裏腹に「寂しい」という感情も膨らませ続けました。やがて、愛されたくて、注目されたくて、それが叶うと思ったことは何でも表現するようになりました。自分の本意でなくても、自分が嫌なことでも、相手が喜ぶならそれで良し。ビジネス書「7つの習慣」を引用すれば「LOSE-WINの人間関係」です。相手の本意を優先し、自分の本意を抑え続ける人生は、まさに八方美人ライフ。ストレスが溜らない訳がないです。

手っ取り早く、周囲から(特に両親から)「すごい」をもらうためには、金持ちになるしかないと思い込みました。だから早くお金が稼げるイメージのあるパチンコ屋に就職したのです。ここでまたアナウンサーになりたい夢を「封印」。

寝る間を惜しんで働きましたが、そのような目的で働いている以上、稼ぐには稼ぎましたが、どれだけ稼いでも「幸せ」にはなれませんでした。上司という立場上を大事にした「本意ではない言動」も繰り返しました。

嘘を重ね重ねに、着飾った生き方をずっとしました。それは十二単を着て100mを全力で走っていたようなものでした。周りの人からみたら脱げよ(素直になれ)ってことなんですけどね。

でも、僕にはそれが出来なくて、自分に嘘をつき続けました。嘘をつくっていうのは、自己否定でもあるんです。脳内に自分を悪く言い続けるのと同じ力が働きます。

仕事では毎日、自分の裁量で億単位のお金が動き、当然失敗することも多々あって、その度に自分を責めました。幼少からの様々なストレスの蓄積がある日プツンと。地下鉄の駅で気を失って倒れ、どうやって帰ったのかわかりませんが、気づいたら自宅のベッドの上にいました。目を開いたら視界が灰色だったので、その時は、もう終わったと思いましたね。

ちなみに人間は、自己否定をし続けたら簡単に鬱になりますよ。

「今までにない衝撃的なコミュニケーションをとってくる人たちとの出逢い」

記者 そこからどうやって鬱を克服されたんですか?

竹原 それまで精神科医や心療内科医、著名な臨床心理士やカウンセラーなど、たくさんの人が僕に向き合ってくれたのですが、回復するどころか、逆にどんどん鬱が悪化して、ついには「命を諦める」ところにまで辿り着きました。

そんな時に今まで経験したことのない衝撃的なコミュニケーションをとってくる人たちに出逢う機会をいただいて、鬱が一気に回復に向かいました。その人たちの共通点は2つ。1つは、相手の心の喜びにフォーカスしたコミュニケーション。もう1つは、同じ鬱病経験者。相手の心の喜びにフォーカスしたコミュニケーションについて、例えば「大丈夫?」ではなくて「大丈夫。」

語尾が「ハテナ」じゃなくて「マル」。

一番衝撃だったのは、元吉本芸人のてんつくマンですね。

初対面のときに僕が「お逢いできてよかったです」って言ったら、いきなり胸ぐらを掴まれて「お前の心が言いたいのはそれじゃないやろっ!」って怒鳴られました。

そして、僕は「死にたいんです」と、涙を流しながら「もう生き疲れました」って。

そしたら、てんつくマンは何て言ったと思います?

「おめでとう!」って言ったんですよ。鬱で死にたいと言ってる人に向かって。

その後に続けて「お前な、死にたいんやろ? 死にたいっていう夢、焦らんでも絶対に叶うわ、100%叶うわ、おめでとう! で、他にどんな夢叶えたいねん?」って言われました(笑)

他にどんな夢を叶えたいかなんて、今までそんなこと考えたことなかったので衝撃でした。

「お前、今すぐ死にたいんやろ? じゃ今日は最後の晩餐や。なに食べたい?」僕は「幼少の頃からカレーが大好きなんで、最後はカレーライスで」って言ったら「おめでとう! その夢も叶うわ。今すぐココイチ行け」って(笑)

「2つ目の夢もすぐ叶うわ。他にどんな夢叶えたいねん? カレーときたら次は飲み物や。なに飲みたい? 最後の日に」、僕はその頃、服用限界マックスで大量の薬を飲んでいたので、医者からアルコールを止められていたんです。だから「最後は大好きなビールをカーッっと飲みたいです」って言ったら「 今すぐ飲んだらええがな、お前、よう聞けよ。今すぐ死にたいって言うやつが、なに医者の言うこと聞いてんねん。医者が生きろって言ったら、お前生きるんか? 今すぐ飲めよ!その夢もすぐ叶うやん、おめでとう!」って。

別れ間際に「次に会うときまでに、小さい夢でいいから、夢を10個考えてきてくれ」って言われて約束したんですが、固く約束してしまったので、僕は次にてんつくマンに逢う日まで死ねなくなってしまったんです。

てんつくマンとは、半年後に再会したんですが、彼はそのことをまったく覚えていませんでした(笑)スキルじゃなくて、今ここ、その場で、目の前の苦しくつらい人に、彼が与えられる全力の「愛」でした。

てんつくマンだけでなく、自身も鬱病を経験し「人の心の痛みを味わった」方たちの(向き合うコミュニケーションではなく)「寄り添うコミュニケーション」が、僕の心を喜ばし、重度の鬱を一気に回復に向かわせたのです。5年かかっても治らなかった鬱が、1年半で一気に回復しました。僕を回復させたのは、医師や臨床心理士等、国家資格などを持っていない人たちの「愛」でした。

僕の当時の勤務先の「株式会社マルハン」もそうです。本来「休職期間満了で退職」だったのですが、完治してない僕に、お茶くみでも、コピーでも、座ってるだけでいいから・・・と席を空けて、辞めさせず、復帰を待ってくれました。

つまり、これはどういうことかと言いますと「資格がないと無理、できない、難しい」という思い込みは「嘘」という証明でした。

後に日本の自殺者数、自殺未遂者数を知りましたが、人の心の痛みを十分に味わった僕も「命を救える」と思いました。自分がいっぱい悩んだことは、誰かが同じことで悩まないようにすれば「大きな価値」に変貌すると確信しました。

「自分の心を鏡に映し出してくれるアフリカ」

記者 鬱を克服した後はどうされたんですか?

竹原 日本では自殺がめちゃくちゃ多いということを知って、やはり、ここに僕に与えられた使命があるように思いました。そこから命って何だろうって考えはじめて、自分は一体どこから生まれたのか? 自分のルーツを辿りはじめました。しかし、ご先祖様を辿るには限界があり、日本人のルーツを調べ始めました。色々と調べているうちにアフリカに辿りつき「人類生誕の地」でもあるアフリカに行けば、きっと命の答えがわかるんじゃないかと思い、いてもたってもいられなくなって、会社を辞めて、アフリカのケニアに行きました。電気、水道、ガス、トイレ、お風呂もない、マサイ族の村でホームステイ。

毎年、アフリカの部族や大貧困地域を訪問するのですが、幸せって何? 家族って何? 命って何? 夢って何? 現地の人と一緒に暮らしながら、たくさん質問をします。そして「人間として生まれ、生きること」について、たくさん学ばせていただいています。

特に僕はマサイ族の生き方が好きで、彼らからすると「命は自然の一部」であり、その中に人という命もある。生きるとは、自然や他の命と調和しながら、共存共栄しながら「今を生きる」ということです。今ここにあるものを味わうということです。日本人は死んだら「仏」ですが、彼らは死んだら「モノ」です。それぐらい「今を生きる」ことにフォーカスしています。

記者 では竹原さんにとって生きるとは? また命とは何でしょうか?

竹原 生きるとは、「今ここ」にある命をしっかりと楽しむということと、この命を次に繋ぐということです。今の社会を少しだけでもよくして次に繋ぐということ。そして、命とは、人生そのもの、自然そのものであり、自然の一部、だから「自然体」っていう言葉があるんじゃないかと思うんです。命とは繋がれたものであり、有り難いものです。

自分が心に望んだものが全部ある。見事に鏡に映し出してくれるのがアフリカなんです。ないものにフォーカスすると悩みが増えて不幸になり、あるものにフォーカスすると感謝が増えて幸せになることを教えてくれたのもアフリカでした。

「人と人との出逢いをプロデュースする」

記者 これからの夢ビジョンを聴かせてください。

竹原 日本を自殺のない、夢と希望と笑顔に溢れた国にするのが僕の使命です。一人ひとりが、各々の生きる喜びと存在価値を見出し、命の奇跡を味わいながら、本当に生きたい人生をまっとうできる社会を創っていきます。

そのために僕はコミュニティを創りながら「出逢い」をプロデュースします。

それは僕自身が「出逢い」によって、命が救われたからです。誰と出逢い、一緒の命の時間を過ごすかで、良くも悪くも、人生の質は大きく変わることを知りました。特に、身近にいる異性とのコミュニケーションは、人生における影響がかなり大きいことも知りました。それが理由で、命を諦めてしまう人もたくさんいます。まずは、学校で教えるべきなのに教えられていない「パートナーシップ(男女関係)」に目を向けて、僕の最愛のパートナーと共に、教育機会と実践機会を混ぜ合わせた場を創っていきます。

「素直に行動してみること」

記者 生き方のヒントを探されている方が読者の中にいるかもしれません。最後にその方に向けてメッセージをお願いします。

竹原 よく自分探しの旅に出る人がいるんですけど、自分っていう生き物は外にいるんじゃなくて、中にいるということは声を大にして伝えたいですね。心の奥にある本当の自分の喜びというものをどんどん解いていってほしいです。

自分の心の喜びって何?
それは誰と会ったり、誰と同じ時間を過ごすことが喜びなのか?
どんな活動をすることが喜びなのか?
どんな場所にいくことが喜びなのか?

それを一つでもいいから見つけて、見つかったら"素直に"行動してみる。いち早くスケジュールに落とし込んで、一番最短でそれを叶えてあげてほしい。そこには大きな可能性と人生の喜びに繋がるヒントが絶対にあるし、掘り下げると命の使い方が見えてくるはずです。たった一度の人生、命を使い切る人生を多くの人に歩んでほしいですし、自分もそう歩もうと決意しています。

記者 自分の心の喜びに耳を傾け、素直に行動してみる。どれだけ自然体でいられるのかが、とても大事なポイントなのだと思いました。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

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◇Facebook

【編集後記】
今回、インタビューの記者を担当した、見並、山本(カメラ)です。

壮絶な鬱病生活と、人との出逢いによってそれを克服されてきた竹原さんだからこそ伝わる自然体のメッセージが多くの方に伝わってほしいと思いました。自らが生きる希望となり、たくさんの人を心の喜びへと導いてほしいと思います。ありがとうございました。

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この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。


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