見出し画像

50歳で100mile走る - 信越五岳トレイルランニングレース 2023 〜パタゴニアCUP~ 奮闘編 -

信越五岳トレイルランニングレースは、新潟県と長野県にまたがる信越高原地域の山々、信越五岳と言われる斑尾山、妙高山、黒姫山、戸隠山、飯縄山を巡る全長163kmを、33時間以内に走破するレースです。
前年のリタイヤから1年、地道に準備を重ね、2023年9月、斑尾山のスタート地点に戻って来ました。果たして努力は報われるか、40,000円のエントリー料の元は取れるのか。長い旅路の始まりです。


走りに集中

 スマホは見ない、使わないと決めました。いつもザックかパンツのポケットに入れるスマホは、今回はザックの奥底に仕舞い込みました。信越五岳はマーキングが充実しており、ロストの心配はありません。空いたポケットには、走りながらでも直ぐに交換できるように、防水袋に入れたヘッドライトの予備電池と予備ライトを詰め込みました。レース中にSNSで発信することも今回は止めて、代わりにIBUKI を申し込み、仲間がGPS越しに応援してくれている(はず)、と思うことでモチベーション維持を図りました。斑尾からは最後尾からスタート。周りを気にせず、最初から最後まで自分のペースを守りながら、止まらずに走り続けるのが今回の作戦。上手く行って欲しいと祈りながら、スタート時刻の18時30分を迎えました。拍手と歓声、そして盛大な打ち上げ花火に、さっきまでの不安は搔き消されて、いつものワクワクな旅が始まりました。

熱中症対策

 去年は前半飛ばしすぎ、熊坂辺りで脚が売り切れた上に熱中症でオーバーヒート、その後52kmエイドまでの登りで地獄の苦しみを味わいました。その反省から、とにかくカラダを冷やすことを意識しました。先ずはスピードを押さえる、下りで調子に乗って飛ばさない、常に塩アメと水を口にする、水だけガブ飲みせず、各エイドでは必ず頭から水を浴び、コース上に数か所ある沢は全て迷わず飛び込んで全身を冷やしました。レース前の準備としては、暑熱順化を目的に、この夏は夜もエアコン無し、もともと水を飲まない習慣を改めて、水は1日2~3リットル、汗腺を鍛えて、たくさん汗を出せるカラダに変えることを意識しました。

胃との対話

 長距離レースで、多くのランナーが苦しむのが胃のトラブルです。今回は、昨年の鬼門だった52km地点アパホテルまでは何とか持ちましたが、それでもエイドを出た頃からジワジワと気持ち悪さが出始めました。いかに、胃にストレスを与えないように走るか。ちょっとでもムカムカが強まったらペースを落として、食べ物、飲み物を少しずつゆっくり入れる。ジェルは却って気持ち悪さを助長するので、今回はカロリーメイトを少しづつ噛りながら進みます。復調したからといって急にペースアップせず、胃のご機嫌伺いの時間帯がしばらく続きます。
体躯は鍛えて何とかできても、胃は鍛える術が無いです。敢えて二日酔い状態で30km走るとかアホなことを試したり、納豆、ヨーグルト、ヤクルト等、発酵食品を日頃から摂るとか、お風呂入ってよく寝るとか、ストレス貯まらないように仕事をサボるとか、この一年を振り返ると、走る練習以上に、どうしたら胃に勝てるのか、そればかり考えていました。
60km過ぎ辺り、いよいよムカムカの大波が襲来し、吐き気にまで至ればジェルどころか水すら受け付けず動けなくなり、このレースは終了です。ここで、看護師のSさんに教えてもらった六君子湯を投入。いきなり本番で試すことになりましたが、効果は抜群、気持ち悪さは数分で消え失せました。本来、六君子湯に即効性は無いはずで、プラシーボ効果みたいなものだったのかもしれませんが、結果オーライです。朝日に染まる妙高山を目指しながら、68km地点の自然の家エイドに関門1時間前に到着しました。

炎天下のゲレンデ直登

 去年、さんざん暑さに苦しめられた、赤倉チャンピオンゲレンデ直登に入りました。今回の対策は、日本手拭い。水に浸して頭にのせて、その上からメッシュのキャップを被せます。東京オリンピックで大迫選手がキャップに氷を仕込んで走っていたのをヒントにしました。頭頂は気化熱を奪い、側頭と後頭は日除けになります。幸い、今回は思った程より日射し、気温ともにキツく無く、時折涼しい風も吹くコンディションに助けられ、意外に早くピークへ到達しました。ここにはキンキンに冷えた赤倉清水(復活の泉)があるのですが、長蛇の列で10分待ち。諦めて、ちょっと下った沢で全身水浴び。これが冷え冷えで大正解、こっちが本当の復活の泉でした。熱中症の気配も無く、胃のムカムカも消えて、調子が上がって来ました。

池ノ平でガーミン電池切れ

 Garmin Instinct Dual Power のバッテリーは GPS + 光学心拍モードで30時間持つはずなのですが、いつも20時間程しか持ちません。スタート前に  Garmin のブースで GPS 以外の電波を拾わない設定にしてもらいましたが、効果がありませんでした。池ノ平手前でバッテリー残量4時間。歩きながらモバイルバッテリーからの充電を図りますが、毎度のことで端子の接触が悪く、ゲージは無反応。そこで潔く諦め、計測を止めました(後でよく調べたら光学心拍計も止めるモードにすれば仕様上70時間持つと分かりました)。Strava に記録が残らないのは残念ですが、これでレースに集中できます。88km地点の池ノ平エイドで毎度の水浴びを済ませ、かんずりラーメンはスープだけ頂いて、胃、眠気、疲労、全て問題無し。去年の因縁の地、101km地点の黒姫エイドに向けて、即出発しました。

笹ヶ峰まで行けば何とかなる

 信越五岳の経験談でよく聞く言葉です。去年は黒姫での関門DNFゆえに、最悪でも笹ヶ峰まではたどり着きたい、そして、そこから先が自分にとって本当の信越五岳と思って臨みました。過去に試走は2回行っていますが、いずれもタイムアウト。ましてや100mk走った状態での登り林道と発電所脇の急登、11kmを3時間で走破出来るのか。黒姫エイドで水を浴び、ずんた団子を補給、ドロップバッグからリポビタンDゼリー2個を引きずり出し、関門30分前の13時半、滞在7分でOUT。いよいよ信越五岳の未体験ゾーンに入りました。
始めはゲレンデを直登、調子は悪くありません。でも、林道に入り走ってみたところで、迷いました。登りを走る余力が無さそうです。ゴールまであと60km、ここで消耗するか、30分の貯金を使って笹ヶ峰関門ギリギリ17時通過か。
「歩き通す」、が今回の選択でした。無理は出来ない、でも、少しでも速く歩くにはどうするか。ここで水口メソッドを思い出します。登りこそ落下、歩きの延長がラン、全身で着地反発を受け止める。自分の課題は腕降り。ダウン、ダウン、と肘の振り下ろしから床反発をもらう意識で歩き始め、そこで気付きます。ここは、ノルディックウォークで行こうと。大会のルールでストックの使用は禁止ですが、ストックを持ったつもりになって、振り下ろす腕の重さを下肢に伝える、着地とポール突きのタイミングを合わせる、さんざん練習したクロスカントリースキーと似た動作です。登りを走れるランナーには抜かれますが、歩いている選手よりは確実に速いです。発電所を登り切ったところで激しい雷雨に遭いながら、結果は2時間半、何とかなると言われる笹ヶ峰は関門1時間前に到着。少し余裕ができたところで、濡れた上衣を着替え、エイドのカレーを3杯頂き、少し長めに25分滞在。リフレッシュして、雷が鳴りやまないトレイルへ復帰しました。

泥沼の西登山道

 今回のレースでは、多くの選手をリタイヤに追い込んだ魔の山となりました。笹ヶ峰からの美麗なトレイルが終わり、黒姫山の中腹までの登山道に取り付きます。2年前の試走では、たいしたことの無い普通の登山道が、午後3時からの豪雨で、登りは滝に、下りは田んぼに変貌。暗闇の大渋滞の中、選手同士で励まし合いながら歩みつつも、このペースでは関門通過は厳しい、との声が漏れ聞こえ始めました。ちょっとだけ泥道が乾いた瞬間、渋滞の列を抜け駆けるランナーが数人、それに便乗して後に続きます。下り斜度がきつくなり始め、田んぼの泥道は泥壁へ。ほとんどの選手がスタックしている脇を、泥壁を雪面に見立て、テレマークスキー仕込みのターンで爆走します。気が付けば後続は誰もいなくなりました。荒れたトレイルはオレのモノ。この瞬間だけ自己陶酔の絶頂で、128km地点の大橋林道に駆け下りました。

戸隠の葛藤

 泥の下りを快走し、牧場の周りをジョグで疲労回復しながら進みます。我ながら良い調子。周りの110km選手も焦る様子は無いようです。戸隠奥社辺りはフラットな快適トレイル。ここで瑪瑙山登りに備えて休むか、それとも走って貯金を作るか。中途半端に流れに任せて進みます。しかし、意外に長い。ガーミンは池ノ平の電池切れで止めてしまったので正確なペースが分かっていません。実は遅れているんじゃないか。130kmの看板が見えます。あれっ、意外に進んで無い。そうか、周りのランナーは、瑪瑙山もそのあとの林道も、自分より全然速いから余裕なのかも。このままだと、戸隠関門までは行けても、ゴールには間に合わない。少しペースを上げてみる、でもここでペース上げたら瑪瑙山で潰れるかも。それにしても、このダラダラトレイルいつまで続くのか。2年前の試走ではもっと短く感じたのに。快適トレイルのはずが、コースディレクターの意地悪に思えてきました。

瑪瑙山の死闘

 戸隠エイド141kmでネギ山盛りの戸隠蕎麦、甘酒の蕎麦湯割、コーヒーを補給。ULTRA-TRAIL Mt.Fujiでは、最終エイドで吉田うどんネギ大盛を補給した直後の霜山登りで覚醒が発動したので、瑪瑙山登りでも期待しました。泥道を2km下ったところで、登り口に立つスタッフが「ここから3.4km、430mアップです」と教えてくれます。時刻は23時、0時までに山頂なら楽勝。しかし、覚醒が来ないどころか意識朦朧、ここに来て疲労が限界に達しています。リポビタンDゼリー、カフェインジェル、大粒ラムネ、今までの経験を駆使してドーピングを図りますが効果無く、30人ぐらいに抜かれます。明らかに歩みが遅い、あ~やっぱり登りの練習が足りて無い、でもせめて0時30分までに山頂なら、まだ間に合うはず。焦るな、諦めるな、言い聞かせ続けて1時間半。やっと溶岩砂利の山頂、0時34分。望みは繋がり、ちょっと安堵しました。この頃から幻覚が見え始めました。今回は、道端の草がコンクリートの側溝や何かの観測装置のような人工物に見え、足元の石や落ち葉のひとつひとつにオバケの顔が浮かびました。また会えたねと、少し余裕を取り戻して、最終エイドへ向かいました。

覚醒モード発動

 飯綱林道入口エイドには1時半にIN。残り10kmに2時間使えるから、下り基調のキロ12分ペースなら楽勝。念のため、ペース確認用にガーミンで計測再開、ゴールまで電池は持ちそう。思えば長い道程だった、今回は覚醒は無かったけど、やりきったよなオレ、と余韻を楽しみながら、淡々と進みます。30人ぐらいに抜かれましたが、完走狙いならそんなに慌てなくていいはずです。
5kmほど進んで、大会スタッフとすれ違います。「まだ行けますか」、「大丈夫、キロ10分ペースで来てるので間に合います」、「あと7km、頑張って」。えっ、あと5kmじゃないの?
このスタッフ、実は最終区間でゴールまで間に合いそうにないランナーにDNFを宣告して回っている「死神」です。あとで確認したら、最終エイドからゴールまでは10kmじゃなくて12km。この期に及んで、コースマップを真面目に読み込んでいなかったツケ、自業自得です。二匹目の死神が現れて、「あと5.5km、頑張って、勿体無いよ」。時計を見て、残り30分、キロ6ペースでも間に合わない。しかし「勿体無い」世代、昭和生まれのカラダが反応、この瞬間、覚醒スイッチが入りました。後でガーミンの記録を見ると、心拍115から170、ペースはキロ10分から5分40秒、ピッチ140から170。呼吸は滅多にやらない1ピッチ1回。158km走ったはずの全身がフル稼動。視界は狭まり、前しか見えない状態に。足元は指先の感覚に任せました。林道が続くはずでしたが、急にスタッフが左へ誘導、工事中でデコボコの泥道登りに変わります。構わず突っ込み、10人程抜きます。前方にペーサーとペアのランナーがいます。「残りXキロ、キロ6で3時26分着、行けるよ!」の会話が聞こえます。有難い、このペアに付いて行ければ間に合うはずです。

見えないゴール

 覚醒モード入りして10分ほど。砂利の林道に戻り、緩い上りに入った頃、先を行くキロ6ペアから離され始めました。明らかにペースダウンしていて、1人に抜かれました。残念ながら今回の覚醒タイムは短かったようです。残り何キロか分かりませんが、もうチート無しで行くしかないです。160kmの看板が見えました。あと1km、いや3kmだったか。ちゃんと真面目にコースマップ覚えておけば良かったと、この期に及んで後悔。時計を見ると、関門まであと20分を切っています。周りにランナーは居らず、明かりも無く、暗闇の林道がどこまでも絶望的に続いています。思わず独り叫びます。「ゴールはどこ~っ!」。
やっと林道からトレイルへ下る看板が見えました。さあもうすぐゴール!と思いきや、誰もいない暗く寂しい樹林帯を右へ左へと、無駄にいつまでも続く綴坂。最後の10mkは試走禁止区間なので、先が全く読めません。下りは得意だから何とかなると信じ、時計を見ずに、タン、タタン、タン、タタンとステップを刻み続けます。平坦部に入り、見飽きた矢印とは違う色鮮やかな看板が見えます。「間もなくゴール」の看板だと確信して近づくと、「橋は歩いて渡って下さい」。良心の呵責に苛まれながら、下りの勢いのまま全力で「走って」渡ると、また同じ橋と看板が次々と、期待を裏切られること少なくとも五枚分、試練が続きます。やや上ると視界が開け、光の列が見えました。テクニカルな下りに難儀中の5、6人。「お願い、道を開けて!」と言うつもりが、「おおぉぉーっ」と叫んでしまい、かなりヤバイ人と化して、背後からすり抜けて駆け降りる最悪なマナーのランナーに成り下がります。下り切ったらまた登り、もう何も信じない、何も考えない、本能のまま、ひたすら前に、登って降りて進むだけ。
その時、先行するランナーの様子に変化を感じました。時計を見て、あと5分。上りきってロードに出たその先のフェンス越し、開けた空間の先に浮かぶ強い光が見えました。

32時間58分15秒

 ゴールはクランク状に折れ曲がっています。ゴールシーンの背景にスポンサーのバナーが映るようにするためでしょうか、いいづなリゾートのゲレンデを駆け降りてもゴールゲートが見えません。これ以上の余計なカラクリは、もう勘弁して欲しい。「ゴールはどこ!」と叫ぶと、誘導スタッフが右を指します。下り切って、全力疾走のまま右ターン、そして左ターン、やっと光と歓声に包まれます。時計掲示板 32:58:xx が目に入ります。間に合った。
少しだけ脚を緩めて、ゴールテープを切り、全てから解放されたその時、55年11ヶ月10日間の人生で初めて、本能に任せて、心の底から雄叫びを挙げていました。

来年に向けて

 100mileの練習って、どうしてますか? レース後の宿で知り合った選手二人から質問されました。平日は朝ジョグ、水曜と土曜はロードの練習会、週末にトレイル。普段は一度に長い距離は無理だから、土曜の練習会の疲労が抜けないうちに日曜もトレイル等で連続で負荷をかけて、月曜は休養日。こう書いて見ると、普通のランナーのルーティーンです。100mile は、走力に加えて、胃の不快感対処、退屈な林道のやり過ごし方、変化する気象への対応、ゴールを諦めない為のモチベーション維持など、走りを止めさせようとする脳からの信号を、最後まで何とか誤魔化し通す為の知恵が必要です。初めての100kmレースで、胃の不調で苦しんでいたら、エイドのスタッフからは、「これであなたもウルトラランナーね」と祝福されたことを覚えています。とはいえ、やはり基礎的走力アップは必要です。特に自分の場合は登りとスピード。ハムストリングの強化で、改めてロードのサブスリーも現実的目標に据えて、ルーティーンを組み直すことにしました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

蛇足

レースに集中する為に、冒頭でザックの奥底にしまったスマホは、防水袋に入れ忘れ、持ち主と一緒に水浴びと土砂降りに曝され続けた結果、33時間後、見るも無残な姿で発見されました。 合掌

最後まで読んで頂き、有り難うございました。

この記事が参加している募集

ランニング記録

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?